満月の夜に
□とある雨の日
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雨の日は嫌いだ。
あの日のことを思い出す。
雨の音が室内にまで届く。
それにダンテは舌打ちし、読んでいた手紙をデスクの上に乱暴に置いた。
エンツォ経由で届けられた手紙の差出人とはもう随分会っていない。
最後に会ったのは何年前だったろうか。
もう忘れられてもいいだろうに、律儀なものだ。
『親愛なるトニーへ』という文から始まる手紙は、近況報告や定期的に振り込まれる金のお礼、それに他愛もない話で埋まっていた。
これを見る限り、何事もなく暮らしているらしい。
全て、トニー・レッドグレイブへと宛てられた手紙。
「トニー、ねぇ……」
今更、そんな名前を憶えている人間はほとんどいないというのに。
同じようにテーブルに投げ出されている白と黒の銃。
ダンテのために……いや、当時はトニー・レッドグレイブのためにカスタマイズされた銃。
エボニーに刻まれた、『FOR TONY REDGRAVE』の文字。
今となっては、これと時折来る手紙だけが、ダンテがかつてトニー・レッドグレイブと名乗っていた証。
もう、トニーはトニーではないのに。
ここにいるのはダンテという半人半魔の男。
ゆるゆると息を吐き、ダンテは目を伏せた。
未練なんてものはない。
ただ後悔が残っているだけ。
雨の音が嫌でも耳に入る。
「……嫌な天気だ」
雨は、あの塔でのことを思い出す。
おまけに今日はこの手紙でのダブルパンチだ。
……いや、手紙自体は微笑ましく嬉しいものだ。
しかも差出人が、あの小さい頃から知っている少女たちのものだから尚更。
しかし、手紙が届くと、どうしてもこの手で刈り取らなければならなかった、あの小さな命のことを思い出してしまう。
今生きていれば、なんて仮定は無意味。
無意味な仮定。
全て無意味。
無意味。
否定すれば、今ここにいる自分をも否定することになるのだから。
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