仮想と現実
□幻の喪失
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「あーあ!こんなのボクちんのガラじゃないのに〜!」
大きな声を上げる”ハセヲ”。
「このPCやけに重いしさ!ボクちんにはムリ!そんなワケで落ちる!」
「待って!」
本当にログアウトするところだったが、アトリの叫びで“ハセヲ”は動きを止めた。
「何?もう用はないんだけど」
面倒そうに“ハセヲ”はアトリを見る。
「本当に……ハセヲさんは消えちゃったんですか!?」
「だから、そう言ったじゃん。ヒトの話、聞いてた?」
「なら、なんであなたはここに来たんです?あなたもハセヲさんじゃないんですか!?」
“ハセヲ”の冷たい視線にアトリは怯んだ。
だが自らを奮い立たせるため、1歩前に出る。
「……ボクはハセヲじゃないよ。“ハセヲ”はあいつ。当然のことでしょ?」
それっきり“ハセヲ”はログアウトしてしまった。
PKK「死の恐怖」はそれ以降人々の前に現れることはなかった。
所属していたギルドメンバーに何も言い残さずに。
突如として“引退”した死の恐怖は、それ以降幻となってしまった。
「やっぱつまんない」
包帯らしい、赤い布を巻いた双剣士は、冷めた目でたった今PKしたIyotenとアスタというPCを見下ろした。
「ボクがPKに怯えるわけないのにね〜」
グラフィックの塊を無造作に蹴る。
「あ〜つまんない」
もう1度、双剣士が呟く。
「ね〜ハセヲ、こいつら、まだ懲りてないんだよね〜。初心者をPKするなんて……」
返事はない。
だがその双剣士には聞こえたらしい。
彼にしか見えない幻に、彼は笑みを向ける。
「あはっ。ボク初心者だよ?ほらレベル低いもん♪」
彼のレベルは5にも満たない。
だがこうして自分よりもはるかにレベルの高いPCに勝っている。
技術よりもステータスが優先されるゲームにおいて、アイテムを湯水のように使っても難しいことだ。
「他に楽しいことな〜いの〜かな〜♪」
まるで何もなかったかのように、双剣士は神殿を出て行く。
そのPCの名前は……「楚良」
END