仮想と現実V
□ほんの少し、飛躍する
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ハ長調ラ音
馴染みのある、聞きなれた音が響く。
クリスマスの攻城戦イベント。
赤と白のふたつに分かれ、互いの領地を奪うというシンプルなルールだ。
コシュタ・バウア古戦場の、木が覆い繁るフィールドは領地戦のため大勢のプレイヤーで賑わっていた。
しかし、そこは阿鼻叫喚の図と化している。
「どうなってんだ!?」
「痛い……痛いよぅ……」
「い、嫌だ! 誰か……!」
合法化されたPKの最中ということが災いして、被害者は拡大していた。
そして彼らが現実の痛みを理解してからは、もうイベントどころではなかった。
ログアウト不可に気づく前に、決して倒せないバグモンスターとが押し寄せて来たのだ。
赤軍の城はオブジェクトのはずの龍マグメルドの息により破壊され、拠点となるのは白軍の城しかない。
「走れ!」
トービアスは他の攻城戦イベントの参加者、そして何故か来てしまったサクヤと共に城を目指す。
そこにサクヤとトービアスには見覚えのある、だがほとんどのプレイヤーは話上でしか聞いたことのない伝説のボスモンスターが飛来した。
「ザワン・シン!?」
その叫びは恐怖となって伝来する。
攻略不可能のモンスター。
狙われたらひとたまりもない。
ログアウト出来ず、痛みが現実のものになるこの状況でHPがゼロになってしまったら……。
そんなこと、考えたくもない。
「ぼーっとしてんじゃねえ!」
叱咤の声と共にそのザワン・シンが墜落していく。
「テメーら、生き残りたいんならさっさと走れ!」
時間すら惜しいこの状況にも関わらず、思わず誰もが見惚れてしまった。
白い仕様外の外見と武器を持ったPC。
弱いと言われ続けている錬装士というジョブにも関わらずアリーナで三冠を達成し、PK100人斬りまでしたというPKK。
『死の恐怖』ハセヲ
R:Xになってからは以前ほど活動を聞かなくなったが、フィアナの末裔と並ぶほど有名なプレイヤーがそこにいた。
サクヤとトービアスに遅れて、ハセヲも作戦会議室に入ってきた。
そのハセヲの顔を見るなり、トービアスは溜息をつく。
「……お前、どれほど心配したか分かっているのか?」
咎めるようなシャムロックの視線にハセヲは肩を竦めた。
「ま、火遊びが過ぎたってことだろうな」
ハセヲは……三崎亮は一時的に意識不明となり、現在も入院していた。
病院に運んだのは令子自身。
突然亮から動画が送信され、それを見て嫌な予感がしたのだ。
動画の内容は、楚良がネコのPC……ハーミットをPKするというもの。
そしてその直後、あの大木の植わるフィールドに転送された。
恐らく鍵はハーミットの死亡。
あのからくり屋敷から転送されたときもそうだ。
あそこから落ちるとプレイヤーは死亡扱いになる。
どうやらトービアスも色々と実験していたようだが、全ては徒労。
だがハーミットをPKした楚良は、やはりあのフィールドに転送された。
そこでメアリたちをPKしたあの黒い人型に襲われ……かろうじて逃げ出した。
無事だったのは楚良が特別だったからだろう。
それでも一時的に意識を失い入院。目が覚めたのはつい先ほどだ。
あの動画は亮が未帰還者となってもいいように、一定時間で録画を停止し令子の元に転送するようセットしてあった。
だがこうなると、病院送りをした令子を恨んでしまう。
「私はあなたのことを言ってるのよ!」
「ハセヲはハセヲ。あいつはあいつだし」
「どっちもあなたじゃないの! どれだけ心配したと思ってるのよ!」
「それは……悪かった」
流石にハセヲもバツが悪い。
仮説を証明するためとはいえ自ら危険な真似をし、怪しいという理由でPKまでした。
尤も、楚良ならPKのことを何とも思っていないが。
「しっかし……相変わらずその外見は……」
「うっさいわね! 22のくせに語尾に『みょん』とかつけてる人に言われたくないわよ!」
「だからそれは俺じゃないって」
状況を忘れてそんなくだらないやり取りを交わす。