いつ振りだろうか。しかし、今年は、今年こそは、。





『梅雨の気-2009- Only my Dear,my Angel』





ねぇ、神田、知ってた?明日キミの誕生日。
忘れてるでしょ?
最近、忙しかったもんね…。

でもね、神田。
僕が覚えてる。
キミを覚えてる。
キミが存在していたこと、キミと愛し合ったこと。

だから泣かないでね。
半年前、今にも泣きそうな震えた声で電話してきたキミを思い出す。
大丈夫だから。
何て言ったって明日は、

「キミの誕生日…」




夕日に目を細め、汗を拭いながら僕は最後の労働に精を出していた。









約1週間前に任務から戻ってきた僕は、そのままふらふらと肉体労働の職を求めて彷徨っていた。

何の為か?
…馬鹿言っちゃいけない、僕が任務以外で動くのは、たった1人の為だけだ。

そんな彼に今年もプレゼントを贈ろうと職を求めていた。
自分で稼いだお金で彼に何かをあげたかった。
そして半年前のことを考えた時に、必然的にアレになった。

と、いうことで。
先ほど丁度短期の仕事を終えて給料を貰い、購入してきたところである。

キミの喜ぶ顔を思い浮かべると自然と嬉しくなるよ。
早く、早くキミに逢いに帰らなきゃね。
キミも、待っているでしょう?
殆ど半年ぶりの逢瀬なんだから。

その後のことも手配済み。
前々から準備をしていて良かった。キミの誕生日に間に合った。

用意は整っている。









最早俺は半分鬱のようになっていた。
嫌われた、きっと嫌われてしまったんだ。
だって、最低なことしたから。

だから帰還しても逢いに来てくれないんだ。
俺のこと嫌いになっちゃったから。
だから逢えない…同じ教団内に居るのに。

顔見ることさえ許されないんだ。
そう思ったら、涙が滲まずには居られなかった。



「ユウ?」

アレンが帰還して、顔を見なくなってから約1週間ほど。
突然の訪問客。

「ユウ、起きてる?」

「ぁー…」

久々に声を出したからか声がいつも以上に低く掠れた。

「ユウ、開けてもらって良い?」


無言で開けた。

「ユウ、1日早いけど誕生日おめでとうさ!!」
「…は……?」

誕生日…?

「おう、忘れちまったのか?明日ユウの誕生日だろ〜?明日は多分1日中アレンと居るかなと思ってさ?1日早いお祝い」

そう言って嬉しそうに笑って花束。

ああ、そうだった。
何と言っても、半年振りだった。
しかも…最後に連絡を取った時、彼奴の様子が心配だったのだ。
あの時彼奴の誕生日で、残念ながらちゃんと逢って祝えなかったから、この際一緒に、と思っていた。

無事なのは良かった。そこまでは。
だのに、俺があんな失態を犯すから。



「去年のアレンとかぶっちまってんだろうけどさ、さすがにアイツ、今年は違うだろうし。それに1年毎に花増えてったら良いかなぁって」

もう嫌われただろう恋人だった者の名前と、友人の優しさと、でまたもや涙を滲ませた。


困った表情の友人に、今年はお前が悪いんだと叫んだ。

友人は薄く微笑んで、後ろ手に扉を閉め、俺を撫でた。
ガキじゃねぇんだぞ、と涙声で呟いた。




未だ心配顔の友人を帰した頃には、俺は覚悟を決められていた。









ノック。
逸る気持ちを抑え、返事を待つ。

「入れ」

いつもの返事。
今年はちゃんと最初から彼の部屋に居るのだと嬉しくなる。
扉を開けて、恋人の部屋へと足を踏み入れた。

そしたら、。

「別れ話、しに来たのか…?」

悲痛な顔でそれでも笑って見せる、それがまた酷く痛々しい。
何でそんな顔?何でそんなこと?

また、また今年も、僕は彼を傷つけたの?

「まあ、半年前は俺、最低なことしたからな…」
「っっ!!神田…それは、、」
「もう良い。お前は悪くないんだし」

「…キミは忘れたの?」

酷く心外だった。

僕は彼越しに見える黄色を見つめた。

信じる者の幸福。
信じてって言ったじゃない。信じたら幸せになれると。

「キミは信じてくれなかったの…っ!?」
「そんなじゃ…っ」
「好きだ!!キミだけしか見てない、僕は、…神田!!」

強引に彼を引き寄せて、くちびるを奪った。
半年前の彼の声が蘇る。









ゴーレムが鳴る。
しかし、今は出ている場合ではない。

「アレンッ」
「分かってますよ…っ!!」




アクマを撃退した後、ラビに言われた。

「オマエ、一瞬、動揺しただろう?」

その通りだった。
が、その後更に動揺することが発生したのだ。

伝言があると言い、再生する。
やはり僕の動揺を呼んだ彼の声だった。

『ごめん…』

「え…?」

これは再生だというのに、僕は思わず聞き返してしまった。

『この間、お前の誕生日の前日…急いでたら、任務途中で…お前から貰ったリング………』

声が震えていた。
それは涙を必死に堪える時の彼の声だ。僕の嫌いなそれだった。

『失しちまったみてぇだ……』

ごめん、と今度は涙声。

また連絡するからと言った彼の言葉はあまりに信憑性が欠けていて、事実、そのおよそ2ヶ月後僕から連絡するまで彼からは決して連絡はなかった。
しかし、それも伝言として残すという手段になってしまったのだが。


僕は気にしないからそこまで思い詰めないでと訴えた。
彼はそれでもまた悩んでいるような声色でその1ヵ月後、僕に伝言を残した。

今日まで、忙殺され、それきりだった。









息苦しさが、心地いい。この、強引な腕。
この1週間、俺がどれだけ恋しかったことか。

「ごめん…!!」

じわりと滲んだ涙越しにアレンを見て、許しを乞う。

「信じてない訳ない…っ、けど、俺は嫌われても仕方ないことした、から…っ」
「何言ってるんです…僕が貴方を嫌うとでも?」
「ごめんな…」

弱くてごめんな。
信じられなくてごめんな。
頭悪くて、すぐ不安になって、依存していてごめん。


「神田は悪くないんですよ…1週間放置していた僕が悪かったんですから、ね?」

ポンポン、と頭を撫でられる。
ホッとしたところで再び、口づけ。

「ん、……む…」

ちゅ、と音を立てたくちびるがゆっくり離れる。
アレンが、微笑った。

「あ…そういえば、何か用だったのか…?」

てっきり別れ話だと思い込んでいた為、先ほどまで気にしていなかったが、これは結構重要だ。

「目を閉じてください」

微笑したまま言う。
言われたまま従う。

左手を取られ指を、かぷり、とアレンに銜えられる感触がした。

「っ…」

些末な行為だが、反応して赤面する。

ぺろりと指が舐められたかと思うと、アレンが離れた。

「目、開けて良いですよ」
「お前、何がしたいんだ…」

呆れたように目を開けると、そこには。

「誕生日、おめでとうございます」

左手の薬指、まさしくその場所に、失った筈の指輪が嵌められていた。

「結婚してください。神田」
「な、で……?」
「何度も似たようなそれはしたけど、今回は本気。ささやかな式も挙げるからね」

指輪は重々しく光る。
まるで、それに込められた想いを反映しているかのように。

「愛してる。だから、結婚して欲しいんだ」
「は、…何だそれ……」

そんなこと言ったって、この状況が変わる訳ないのに。
だって戦争の最中なんだぞ?それなのに、結婚なんて、しかも男同士なのに。
法的にも認められない、2人だけの契り。
それで今以上に一緒に居られる訳でもないんだ。

それだというのにどうして、こんなにも嬉しいんだろう。

「当たり前だろ、馬鹿」

アレンが笑う。

「キミならきっと、そう言ってくれると思ってた」

「式の日付は?」
「明後日」
「準備は、」
「殆ど終わってる。小さいものだしね」
「どこで…」
「勿論、大聖堂だよ。後でキミのタキシードを見に行こう。僕ら2人、黒白のタキシード着て式を挙げるんだよ」

何か可笑しいな、と俺も笑った。

「ジューンブライド。良いよね」

この時のアレンの幸せそうな顔が、何よりプレゼントだと感じたことは言わない。




そういえば。

「聞きたかったことがあるんだ」と。

「半年後、逢えたらその時は…って、続きは何だったの?」
「…、ああ」

別にあれは…と神田は目を逸らす。

「気になるよ、ねぇ、神田」
「いや、だから…一緒に祝ってやる、と言いたかったんだ」

ほら、逢えなかったから。

神田は赤くなる。

「…実行、してくれないの?」
「結局何も用意出来なかったんだよ。…だから、まあ、ほら、雪」
「え?」
「だから、雪だよ」
「はあ…?」

思わず首を傾げる。

「雪、見てえんだろ?約束してやるよ。今年は絶対2人でクリスマスに雪見るからな」
「ああ…!!」
「思い出したか、馬鹿野郎」

そうか、それがプレゼント?と尋ね。

「あ?違ぇよ。こんなもんがプレゼントになるのか?」
「なるよ、僕嬉しいもん」
「…今年はその2倍、去年と合わせて喜ばしてやる」

神田は照れたように言った。

「悦ばす?」
「…馬鹿ッ!!」

勿論冗談だが、勿論拳骨だ。
もう、笑ってしまう。

「それは、僕の役割だものね。初夜は、期待してて」

今更初夜も何もあったものじゃないが、それでも嬉しそうに顔を赤らめる彼。
いや、僕の奥さんだ。

「結局、お前の頭は1年中色惚けなんだな」

酷いな、と呟くけれど、僕らの顔から笑顔は耐えない。









ただエクソシストと数人の親しい理解者のみ招待し、ささやかに、けれど厳かに行われる式。
アレンは俺が式の進行に色々と口を出すと、神田らしいやと笑った。

ジューンブライド。

悪くない響きだ。


「さあ、2人共。キミたちは、今後つらい任務や苦しい任務の時も2人で支え合い、愛し抜くことを誓うかい?」

神父はコムイが務める。
軽い物言いでも、重々しい響きを持っていた。

「当然、」
「誓いますよ」

誇らしげに言う。
そして、誓いのキス。

「…フレンチだぞ分かってるな?」

ぼそりと忠告。

「さあ…?」

ニヤリと笑ったアレンが、口づけをする。

俺は、身長も抜かされたものだなぁと場違いに考える。
だって、キスが上から降ってくる。

「ん、!?」

フレンチじゃない、ディープ。
濃厚で官能的なキス。

「ん、ぁ…ふ、」

ちゅるりと舌を離した。
銀の糸を引く。

「続きは、今夜」

顔が上気しているのが分かった。

「おめでとうさーバカップル!!」

ラビの声。
同時に、苦笑いと拍手が聞こえてきた。



やがて大騒ぎになる。

ケーキ入刀もお色直しも友人のスピーチも要らない。
宴会のようになっても、楽しければ俺たちだ。




「神田、神田、あのね」

ラビと話していたアレンが戻ってきて改まって言う。

「ん…?」
「キミは梅雨の気とか言ってたけど、」

“キミは、梅雨の雲から陽の光で梯子を下ろす、僕だけの天使だよ?”

「…ほざけ!!」
「可愛い」
「お前の頭、可笑しい」

「ねぇ、愛してるよ、ユウ」
「………、アレン…」




きっと色々あると思うんだ。
何ヶ月も逢えなくなる時だってあるんだろう。

喧嘩もすれ違いも、
冷たくしてしまうことも我が儘で困らせることも

伝わらなくて泣いてしまうことも、きっと。


それでもやっぱり世界一愛しているからさ。

「末永く、よろしくな」

「死ぬまで傍に居るから」

「死んでも傍に居る」

「意志というものが存在する限り愛して、一緒に」

そしていつしか2人で雲から梯子を降ろそう。









End.



「ああ、僕だけの天使。」

「ただ1人の、愛しい人。」

「愛している、きっと、」

「この意志が消え失せるまで、」

『一緒に。』



これは危うい誓いなどではなく、不変の絶対。

その言葉は、さも重々しく。

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