愛、アイ、I
□たまには感謝でも
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「えー…今日は大変お日柄もよく…」
なんて理事長の堅苦しい挨拶が体育館中に響く。外からはすっかり夏だというようなセミの鳴き声が聞こえる。体育館に集まる生徒は、大半が聞き飽きたというような顔をしている。そう、今は終業式の真っ最中だったりする。
「センパイ、センパイ」
オレの後ろに座るフランが小声で話しかけてくるので、オレは若干気だるそうに首から上だけをフランの方に向ける。正直、この蒸し暑い体育館の中での行動は極力避けたい。フラン自身も、頬をやや赤く染めてパタパタと手で風を自分に送っている。
「…んだよ、」
「んー別に大した用はないんですがねー」
「…なら呼ぶんじゃねーよ暑苦しい」
今はいつもの言い合いもしたくない、素っ気なくフランに言い放つと再び前に視線を戻す。相変わらず理事長はベラベラと堅苦しい言葉を続けている。(…当分終わりそうにねーな)
「あっちぃ……」
不意に聞こえた声の方へ顔を向ければ、オレの横には見知った顔。…獄寺隼人、沢田綱吉、山本武の3人が暑そうに手を扇の代わりに扇いでいた。
「ねー、隼人」
「あ?…んだよ、」
「お前さぁ、今日…何か用ある?」
「…別にね…、いや、オレは今日十代目と帰る約束をしてんだよ。…野球バカは除けてな」
「ちょ、獄寺くん!そ、そんな言い方しなくても…」
「そうだぜー獄寺。3人で帰る約束じゃねーか」
「るせぇ野球バカ!てめーいつもいつもオレと十代目の邪魔しやがって…!」
「ご、獄寺くんっ!」
「………ねぇ」
ヤバい、とベルの後ろに居たフランは思った。このクソ暑い体育館の中に長時間居る事すら短気で超俺様主義なベルにとっては我慢の限界に近いのに、+αで周りの騒音とくればもう限界を越える…と長年付き合ってきた自分が一番よく知っていたからだ。
「それ以上煩くしたら…お前ら全員切り刻む、よ?」
「「「(喋りかけてきたの自分なのに…!)」」」
ベルが出したナイフのおかげで周りは静かになる。理事長の話はまだまだ続きそうだ、とベルは顔をしかめた。
「獄寺くん、今日はオレ山本と帰るからさ。ベルの用件聞いてあげなよ」
「っ…!で、ですが十代目…!」
「うしし、よくわかってんじゃん綱吉。な、こう言ってんだからいいじゃん隼人」
「うっ…じゅ、十代目がそう仰るなら…」
そうと決まればまだ不服そうな隼人の腕を無理矢理引っ張って体育館を出る。後ろでカエルや綱吉や武達が何か言ってるけどムシムシ♪あんなあっつい体育館の中にいつまでも居られるかってんだよ。
「え、ベル先に帰ったの?」
「はいー、終業式中に出ていっちゃいましたよー」
やっと長い終業式が終わって、教室でゆっくり出来ると思ったら先に終わったらしいミルフィオーレ棟の兄貴サンがやって来た。普段はめったに来たりしないので気になって聞いてみれば今日は部活がないのでベルセンパイと帰ろうとしたとか…。
「ったく、何やってんだよアイツ。……せっかく一緒に帰ろうと思ったのに」
「呼び戻しましょうかー?どうせ遊び回ってると思いますしー」
「いや……、いいよ。他のヤツと帰るし」
そう言って戻ろうとしている兄貴サンのバックを掴んで引き留めると、案の定驚いた顔をされた。まぁミーが引き留めるとなんて思ってなかったんでしょーけど。
「センパイの代わりってワケじゃないですけど…良かったらミーと帰りませんかー?」
「……………へ?」
ミーがそう言ったら、ジルさんは前髪の下に隠れて見えない瞳を開いてきょとんとした…様な気がする。(実際は口しか見えないからわかりずらいんだけど)…言ってやらない、もの凄く可愛いなんて言ってやらない。いや、兄貴サンは確かに可愛いけどそんな思いがちょっとでもセンパイにバレでもしたらミーは間違いなくあの世行きになってしまう。
「え、……っと。フランがいいなら、いいけど…」
「なら先に昇降口で待っててくださーい、終わり次第ミーもすぐ行きますんで」
「ん、りょーかい。」
そう言って先に昇降口へと降りていく兄貴サンの後ろ姿を見ながら、誰にも見られない様に小さくガッツポーズを決めたのはここだけの話。
たまには感謝でも
(してやりましょうかねー)
(兄貴サンと帰れる機会なんて)
(なかなかありませんしー)