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□深夜ちゃんから
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「朔夜のために料理を作るの!形から入るからエプロン貸して!」


そう叫び決意をしたらしい朝日を見て、紅祢が取り敢えずエプロンを貸してあげたのは今日の朝。
太陽が真上に登り、しばらく放置していた朝日を思い出し、キッチンに向かってみると、


「………何ですか、これは」


声が震え、顔が引きつった。

壁には罅が入り、ガスコンロは大破。割れた鍋が地面に転がり、元は食材だったと思われる物体が粉々になっており、焼け焦げた菜箸が地面に深く突き刺さっている。
その中央で、朝日が出刃包丁を片手に座り込んでいた。


「………朝日、さん?」
「あ、紅祢ちゃん。え、えっとね?これはね?」
「貴女は、まずはシチューを作ると言い出したはずですが…?」
「だっ、だってぇ」


半泣きで朝日が言う。
一応悪いことをしたという自覚はあるようだ。

紅祢は笑顔で朝日に近寄り、包丁を取り上げる。


「さあ朝日さん答えなさい?」
「わ、分かった!分かったから紅祢ちゃんその包丁を下ろして!」


そう叫ぶ朝日の指には、小さな切り傷が大量にあった。

昼の朝日は治癒能力も上がる。
それにも関わらずこれだけの傷があるということは、かなり深く切ったらしい。


「…………はぁ」


紅祢は深く溜め息をつき、包丁を元あった場所に戻そうとして、壊れていたので諦めて棚に入れた。


「で、何でキッチンがこんな状況になっているんですか?」
「えっとね―――」



壁に罅が入っているのは、いつまでも火の通らない野菜に苛ついて八つ当たりしたため。

ガスコンロが大破しているのは、火が上手くつかなくて叩いたら直るかと思い叩いたため。

鍋が割れているのは掻き混ぜるとき力を入れすぎたため。

食材が粉々になっているのは上手く切れなくて素手で割ろうとしたため。

菜箸が焼けているのは火が通らなくて本当に熱いのか菜箸で確認したため。



「そして他の場所は八つ当たり、と」
「私、待つの嫌い!」
「そんな人が料理をやりたいと言い出さないで下さい!」


思わず怒鳴ると、朝日は小さく縮こまった。

いくら朝日の方が強くとも、育ての親は怖いらしい。


「全く……」


額に手を当て、嘆息。
そんな呆れたような紅祢を見て、朝日は


「う……だってぇ…」


泣き出した。


「だって…朔夜に、私の、初料理ぃ……。っく、うぅう、ふぇぇ」
「ああ、もう。泣きやんでください」


紅祢にだってこういう経験はある。

勿論彼女はただの人間なのでキッチン大破とはいかなかったが、一週間分の食材を一時間で使いきり、とても呆れられた。


ただ、その人に喜んでほしかったのだ。


朝日の場合は、それが朔夜だったということ。


「……………はぁ…。朝日さん、まずは片付けですよ」
「へ?」
「料理初心者に一人でやらせようとしたのが間違いでした。私が教えてさしあげます」


ぱぁっと朝日の表情が明るくなる。


「本当っ?紅祢ちゃんが教えてくれるの!?」
「ええ。だからひとまずは片付け」
「うんっ!」


満面の笑みで返事をして朝日は地面に突き刺さった菜箸を抜き取る。

菜箸の先端が欠けていたが、使えないこともないだろう。


「紅祢ちゃん紅祢ちゃん!この燃え滓は?」
「………貴方が粉々にした食材ですよね、それ…。適当にごみ箱に突っ込んでおいて下さい」
「はーい」


この広い屋敷の中で、
こんな笑みを浮かべられるのは朝日だけだろう。

リーダーの紅祢から幹部の朔夜、下っ端まで、こんな純粋な笑みを浮かべられる者はいない。


ばきっ!
そんな音が、紅祢の思考を遮った。


「な、何ですか?」
「お鍋もごみ箱でしょ?」


つまり、鍋をごみ箱に入れるために砕いていたらしい。


「鍋はそのまま放置しておいていいですよ」
「お玉は?」
「お玉も」


私が教えてもまともな料理は作れないかもしれませんね――そう思いながら本日何度目かの溜め息をつく。


だが、どんな料理を作っても朔夜は美味しいと答えるのだろう。

それは、紅祢の料理を食べたあの人のように。


少しだけ、それが懐かしく羨ましくなって―――

紅祢は、笑みを浮かべた。






オマケ


「朔夜!美味しっ?」
「……………ん」
「何その長い沈黙」
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