faddish

□犯罪者
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風が気持ちいい。
久しぶりに出た外への感想は、何ともありきたりだった。久しぶりに窓以外から見た青空。半年で空はこんなにも青くなるものなんだと、関心してしまう。
さて、どんな犯罪を考えよう。
この前はうっかり捕まってしまったが次は無いだろう。
自分は実行もしていなければ指示もしていない。
次は密室殺人方法なんて良いかもしれない。それともテロの軍事施設爆破の手口とか。
完璧な犯罪を考えるのはなんて楽しいんだろう!









本の街、ベランジェ。
どこを見ても、本屋。
偶にレストランや食堂を見かけるくらいで、後は本屋だ。
本屋と言っても、ジャンル別に分かれているから、医学専門だったり料理専門だったり様々だ。
治安も良い方で、大した軍事施設も無いため軍の圧力も薄い。
汚点と言えば、C級囚人収容所があるくらいだろうか。


「ミツキ、そんなに医学書を見たいなら構わないけど、先に宿屋行かないと」


先程から医学書専門店にばかり目が言っているミツキに、ビビアンは呆れていた。涎でも垂らすんじゃないかというぐらい目が輝いている。


「あ…うん。わっ、」


漸く返事した途端、ちょっとした人混みが急にこちらへ駆け出した為に二人は壁に追いやられた。ゴンと嫌な音が聞こえたのは気のせいだ。
ずるずるとしゃがみ込むビビアンの姿も。


「……ビビ、大丈夫?」


反応が無い。ミツキは慌ててビビアンの肩を掴んだが、ビビアンはビビアンでは無かった。


「あ…またお医者さんだ。」


間延びした声。へにゃりと笑うビビアンの顔。
ミツキはまたか…と頭を抱えたくなった。
お医者さんと呼ぶのはアリアネの方だ。馬車便に乗っている間も、一度だけ入れ替わってしまったのだ。
どうやらアリアネは、ビビアンだった頃の記憶が無いのを不思議に思っていないらしい。その時その時をただ気ままに生きている。


「……とりあえず、宿屋に行こうか…」


「?うん。」


ヘラヘラただ笑う。ビビアンとのギャップにはまだ慣れそうに無い。
ミツキはアリアネの手を引いて、人混みが来た方へ向かった。つまりは逆流しているのだ。宿屋がそこにしか無いから。
とにかくミツキは祈った。
アリアネが早く寝てくれる事を。
アリアネからビビアンに戻る場合は、一度寝て、目が覚めれば九割でビビアンに戻るのだ。
だが、願いはすぐ打ち砕かれた。


「喧嘩してるね」


アリアネの言葉に、ミツキはハッと宿屋の前を見た。人が一目散に逃げ出したのは、どうやらこれが原因らしい。
物騒な顔をした男達が数人、ナイフを片手に睨み合っている。
近くにはもう、ミツキとアリアネしかいなかった。否、一人だけ。
左手にステッキ、コートのポケットに右手を突っ込んだ十二才前後の少年が宿屋の入り口にある階段に立って、喧嘩を眺めていた。
セミロングの明るい茶髪に、ベビーブルーの瞳が覗いている。耳にはいくつかピアスが飾られ、雰囲気はやや大人っぽい。口元は僅かに、笑みを浮かべていた。
(……?)
ミツキはいかがわしく思うが、とにかくこの喧嘩が何とかなってくれなければ困ると考えを巡らせた。
アリアネは、「お医者さん、どうするの?」と首を傾げてミツキを見上げている。
(ど、どうしよう)
ミツキははっきり言って、戦闘には不向きだし、かと言って仲裁に入る勇気も無い。もし、彼らがテロリストの一味だったら…そう思えば体がぞくりと震えた。
その瞬間、呻き声が響いた。
考えている内に事は始まってしまったらしい。一人の男が腹にナイフを刺され、倒れた。男の味方が駆け寄っている内に、刺した方は逃げ出した。
逃げた方は三人、刺された側は二人。
ミツキは慌てて倒れた男の側にしゃがみ込んだ。
味方の男が、警戒してミツキを睨む。


「何だよあんた!」


「医者ですっ」


怯みながらも、男を楽な体制に寝かせ、突き刺さったナイフを抜こうと手を伸ばした。


「ドクター、そんな抜き方したら傷抉れるよ」


階段にいた少年が、靴とステッキを鳴らして爽快にミツキの本へやって来た。そして隣にしゃがむと、慣れた手つきでナイフを抜く。


「こーやってね、真っ直ぐ抜くんだよ。」


に、と笑って少年はミツキを見やる。ミツキは動揺しつつも、「どうも…」と答えた。
何者だろう、と思いつつも、アリアネに「先に病院行こう」と促され、四人揃って近くの病院へ向かった。
これでまた、ビビアンに戻る時が遠退いてしまった。

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