faddish

□宝探し
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この世には、世界の創世から終焉を記した物が十とある。







時をかけて、ソレは様々な国境を越え、人の手に渡った。
信じる者、子供騙しと捨てる者。喉から手を伸ばし、ソレを利用として世界を手中に治めようとする者。
過去から現在を超えて、未来を記す、悪魔の、または神の標本と呼ばれ、業火に燃しても、深海に沈めても、人知れぬ内に人間の手に渡る。
────クロニクル、一時的に要人や教主等に流行を促しては、薄闇に隠れ、また一時的な流行の源となる、一巻から十巻まで地上のあらゆる場所をばらばらに巡る、世界の記録書。
その、人を狂わす流行は、また、始まった。








名をビビアン。外見は十五、六。で性別は男。
愛称はビビ。
薄い茶髪に、青灰色の瞳。顔はラテン系だが、血の出身は知らない。

ビビアン、この名前を付けた親の顔は、覚えていない訳では無いが、思い出したくも無い。
親不孝、聞こえは悪いが、人はそう陰口を叩くのだろう。
だがビビアンは、流行り病のせいか、だらんと垂れ下がる土気色の腕をした子供を必死の形相で抱えて病院に連れて行こうとする親子の姿を嫌悪する程、親子が嫌な訳では無い。
同情だってする。可哀想に。手だって貸そうかと迷う。金が無いと言うなら、貸す口や働き場ぐらい探すのを手伝ってやってもいい。
ビビアンは口元にまで上がったマフラーを顎下まで下げて、泣きそうな顔をした母親の肩を叩いた。


「手を貸そうか?」


母親は震える唇で、「あ、ありがとうございます…」と弱々しく言った。
それをイエスと見て、巻いていたマフラーを外して母親の首に掛けてやり、脱いだコートは子供に被せた。
もう秋も終わる、この親子の薄着な服装では病は悪化してしまうだろうし、母親まで風邪を引いてしまうだろう。
ビビアンは自分の外見より九つ程幼い男の子を、母親の手を借りて負ぶさった。熱がある為、体温はかなり高い。だが寝ている筈なのに、体重は軽かった。(…満足に飯も食えないのか)この様子からして、子供はかなりの重症だろう。
ふらふらと歩く母親を気にしながら、ビビアンは病院へ急いだ。




病院とは、流行り病がある時は多少騒がしいものでは無いのか。
そう疑問を抱いてしまう程、待合室や診察室、病室へ続く廊下は静まり返っていた。
聴こえるといえば、苦しそうな荒い息遣いだ。
後は、重症患者だけを誘導するナースの掠れた声が時折空気に溶けるぐらいで、死の臭いが微かに漂っている。
ビビアンはそんな様子を尻目に、重症患者の列の最後尾に並んだ。

それから一時間程して、そろそろ足と手が痙攣する頃になると、また声の掠れた、別のナースに呼ばれ、診察室へと子供を背負って入った。母親も、漸く診察室に入れた事で少しだけ安堵していた。
子供を白いベッドに優しく寝かすと、小太りだった面影が僅かにある医者が疲れた顔で診察を始めた。(…医者不足、か)おそらく、あまりの忙しさと、日に日に増える死人への疲労とストレスのせいだろう。
ビビアンは、先程の母親から何度も何度も頭を下げられて返されたマフラーとコートを着込むと、静かに廊下に出た。
やはり、ひっそりとしている。だが、小さく、鼻を啜る音と、嗚咽しながら謝罪する声がビビアンの耳に届いた。
どうやらそれは、二つ程先にある部屋からで、ビビアンは半分開いたドアから中を覗き込んだ。
黒い髪、少し白めな黄色の肌。なんとなくなで肩で、白衣を着込んだ背中は嗚咽する度に小さく跳ねる。


「うっうう…す、みません…ひっく、」


途切れ途切れの謝罪は、ベッドに点滴をして横たわる、青白く、生気を感じられない老人に向けられていた。
棒のように立つ白衣の男は、顔が見えないが、声や背格好からしてまだ二十代前半といったところだろう。情けなく泣く男は、老人に「先生…」と慰められるように呼ばれた。老人は薄く開いた、穏やかな目で、男を見やる。


「う、うっ、…ぼ、僕の力不足、です…っ」


「いや、先生。貴方の努力のお陰で、私は可愛い孫の顔も見れました…。
もう充分です…本当に、ありがとうございました、先生…」


老人は穏やかに、満足そうにそう言い残し、静かに目を綴じた。同時に男は更に泣き出し、その場に座り込み、老人の名前を呼んだ。
ビビアンはそれをただ黙って見届ける。
男がひとしきり泣くと、ビビアンは病室に足を踏み入れ、男の後ろに立った。


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