Short story

□スランプさん
1ページ/1ページ




 彼は今日も私の後ろに居る。
 まるで椅子に座るように宙に腰を下ろし、いつだって不気味なニヤリ笑いを向けている。
 深くかぶった帽子はその目を隠しているけれど、きっとその目も、ひっくり返した半月のように笑っているのだろう。
「いい加減、諦めたらどうだい」
 彼は杖の先で私を突付き、笑みを含んだ声でそう囁きかける。
 私は突付かれた背中を震わせ、頑なに首を横に振った。
 自分の可能性に、賭けてみたい。きっと握れないほどほんの少しのものだろうけれど、夢は諦めたらお終いだから。
「幼い言葉だな」
 彼は笑う。そして杖をくるりと回すと、足を組み替えた気配がした。
 どうせ、私は子供だ。世の中のことも、毎日のニュースで見ることぐらいで、何もわかっていない。
 働く大変さも知らない。この先生きていく大変さも知らない。
 でも、自分自身の気持ちはわかっているつもりだ。今の私は、どう足掻こうと、意地でも夢を掴み取ってやるとしている。
 ……そろそろ帰ったらどう? 私は、彼に問いかける。
「ここは居心地がいい。様々な感情が交差し、とても乱れている」
 彼はあっさりとそう返し、またイヤミな笑みを零す。
 まだ動こうとしないのか。私はため息を零し、背後の住人を無視してひたすら手を進める。
 こんなにまで夢中になって、何も掴めなかったら、どうする気なのだろう。
 ふと、そんな言葉が目の前を横切る。ほら、また彼の仕業だ。
 彼は杖でそこらを飛び交う言葉を拾っては、見せ付けるように私の目の前に垂らす。
 もう、いい加減にしてくれないか。私はまたため息をつき、ついに彼を振り返った。
 すると、彼はすっと立ち上がり、帽子を目の下まで深くかぶりなおす。
 そしてくるりとかかとを返し、私に背を向けた。
「手のひらいっぱいに可能性があっても、迷い、困ることになるだろう。握っているのか、握っていないのか、わからないほどが、丁度いいのさ」
 彼はそんなことを呟き、私の後ろから去っていった。



〜続〜




あとがき
こんにちは。霞ひのゆです。
スランプさんを読んで頂き、ありがとうございまいした。
この作品は、まさに私にスランプが来た時に、スランプ脱出の意味も込めて
何気なく書いたショートショートでした。
作中の「彼」こそが、もちろん「スランプさん」(笑)
神出鬼没に私の後ろに現れては、杖の先で私を突付いていじめやがる奴です。
でも時には、わかり辛いアドバイスをくれたりする奴です。
イヤミな奴だけれど、根はいい奴だと信じてあげようと思います。

さて、あなたの側には、どんなスランプさんが居るのかな?

♪スガシカオ「真夏の夜のユメ」
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ