Short story
□スランプさん
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スランプさん
彼は今日も私の後ろに居る。
まるで椅子に座るように宙に腰を下ろし、いつだって不気味なニヤリ笑いを向けている。
深くかぶった帽子はその目を隠しているけれど、きっとその目も、ひっくり返した半月のように笑っているのだろう。
「いい加減、諦めたらどうだい」
彼は杖の先で私を突付き、笑みを含んだ声でそう囁きかける。
私は突付かれた背中を震わせ、頑なに首を横に振った。
自分の可能性に、賭けてみたい。きっと握れないほどほんの少しのものだろうけれど、夢は諦めたらお終いだから。
「幼い言葉だな」
彼は笑う。そして杖をくるりと回すと、足を組み替えた気配がした。
どうせ、私は子供だ。世の中のことも、毎日のニュースで見ることぐらいで、何もわかっていない。
働く大変さも知らない。この先生きていく大変さも知らない。
でも、自分自身の気持ちはわかっているつもりだ。今の私は、どう足掻こうと、意地でも夢を掴み取ってやるとしている。
……そろそろ帰ったらどう? 私は、彼に問いかける。
「ここは居心地がいい。様々な感情が交差し、とても乱れている」
彼はあっさりとそう返し、またイヤミな笑みを零す。
まだ動こうとしないのか。私はため息を零し、背後の住人を無視してひたすら手を進める。
こんなにまで夢中になって、何も掴めなかったら、どうする気なのだろう。
ふと、そんな言葉が目の前を横切る。ほら、また彼の仕業だ。
彼は杖でそこらを飛び交う言葉を拾っては、見せ付けるように私の目の前に垂らす。
もう、いい加減にしてくれないか。私はまたため息をつき、ついに彼を振り返った。
すると、彼はすっと立ち上がり、帽子を目の下まで深くかぶりなおす。
そしてくるりとかかとを返し、私に背を向けた。
「手のひらいっぱいに可能性があっても、迷い、困ることになるだろう。握っているのか、握っていないのか、わからないほどが、丁度いいのさ」
彼はそんなことを呟き、私の後ろから去っていった。
〜続〜
■ あとがき
こんにちは。霞ひのゆです。
スランプさんを読んで頂き、ありがとうございまいした。
この作品は、まさに私にスランプが来た時に、スランプ脱出の意味も込めて
何気なく書いたショートショートでした。
作中の「彼」こそが、もちろん「スランプさん」(笑)
神出鬼没に私の後ろに現れては、杖の先で私を突付いていじめやがる奴です。
でも時には、わかり辛いアドバイスをくれたりする奴です。
イヤミな奴だけれど、根はいい奴だと信じてあげようと思います。
さて、あなたの側には、どんなスランプさんが居るのかな?
♪スガシカオ「真夏の夜のユメ」