Other

□SS集。
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「Trick or Treat!」


「とりっくおあとりーと」
「あ?」
 無感情で無機質なその言葉に、俺は唖然としながら、適当に返事をする。
 読んでいた新聞から視線を剥がすと、目の前に両手を前に差し出すエルの姿があった。
 さながら、子どもが物乞いをするかのような顔をして、こちらをじっと見つめている。
「気分だよ、気分。朱斗は街中の警備仕事でそれなりにハロウィン気分を味わえたかも知れねーけど、幽閉されて囚われの身になってる俺には、何ら縁のないイベントだから、せめて気分だけでも味わいてぇの」
 そう言うと、エルは物乞いの手を引っ込めて腕を組み、寂しげに俯いた。
「ああー……まあ、大変だったけど、えろい格好の姉ちゃんが多くて目の保養ではあったな 」
 反応に困って、半ばいい加減なことを言い放つと、エルは俯いたまま、頬を膨らませ、「羨ましい」と呟くと、そっぽ向いて黙り込んだ。
 その“羨ましい”の意味が、楽しそうな雰囲気を味わえたから、なのか、目の保養ができたから、なのかは分からないが、恐らくはその両方だ。まったく、俺とよく似すぎていて、いっそ清々しい。
「しかし、菓子をよこせと言われても、んなもん持ってるわけないしなぁ……」
「別にくれなくていーよ。言ってみたかっただけだし」
 声のトーンが低い。完全に拗ねている。普段は死期が近づいてネガティブになっている年寄りのようなことを言うくせに。
 しかし、野郎という生き物は一生を通してエロいものが大好きだし、バカなことも大好きなのだから、女から見れば、きっとどんな年齢の野郎もガキのように見えるのかも知れないが。
「けど、悪戯されんのはやだなー。俺、そういうことされるよーなキャラじゃねぇし。でも、菓子とか持ってねーし、どーしよ……あ、お菓子はやれねーけど、犯しはやれんぞ」
 我ながら下衆くてつまらないギャグを思いついたものだなあと感心しながら、下卑た笑顔を浮かべると、エルは眉を顰めて、露骨に嫌悪感を示した顔をする。
「今の“おかし”の発音、なんか変だったぞ……」
「あっはっは! んで、俺の“おかし”はどーする? いるの?」
「いらねー。だから、悪戯させろ」
「善意を全力で蹴り上げておいて、その対応かよ……」
「だって、それ俺のほしい“おかし”じゃねーし。つか、別に最初から期待なんかしてねーけど」
「エルの悪戯なぁ……まあ、そんな行きすぎた悪戯は、お前の性格を考えたらないだろーけど」
「だから、もうハロウィンネタはいいって」
「自分から振っといて、そりゃねぇって……ったく、可愛いのは名前だけかよ」
「名前は関係ねーだろ!」
「悪ィ悪ィ。ともあれ、ハロウィンの雰囲気なあ……」
 そう呟いて、一頻り、うんうん唸っていたが、ふと名案を思い付き、自分の頭に目深にかぶった警帽を手に取った。
 そして、それをそっぽ向いてむくれているエルにかぶせると、あまりにも突然すぎる展開に、エルは声をどもらせた。
「な、な、なに?」
「や、コスプレしてる気分だけでも味わえるかなって。よく似合ってんぞ」
「……う、嬉しいけど……えっと……」
 エルは俺が自分の顔を他人に見られることが嫌いで、いつも帽子を目深にかぶっていることを知っている。だから、こんな風に戸惑っているのだろう。まあ、ただ純粋に、褒められたのが恥ずかしいだけなのかも知れないが。
 恥じらいの色が滲み出た台詞に、俺が屈託のない微笑みを無言で返すと、顔をさらに紅潮させ、帽子を慌てて俺の頭の上に突っ返して来た。
「何だよ、もう満足か?」
「べ、別に、もう充分……」
「ふぅん、そっか。つまんね。せっかく似合ってたのに」
「もうお世辞はいいって!」
「お世辞じゃねーよ。本心本心」
「っ……ほ、褒めたって何も出ねぇよ……?」
「ムキになっちゃって、可愛いですねぇ〜?」
「茶化すのも大概に……っ、くそ、これじゃ、悪戯するどころか、悪戯される側じゃねぇか……」
「はは、お前にはそういうのが、この帽子の何倍もお似合いなんだよ」
「……うう。もういい! やめよ、この話! なしなし! やめたやめた!」
 俯けていた顔を上げて、大の字で床に寝転がると、恥ずかしそうに赤らんだ顔を両手で覆った。
「はいはい……」
 あまりにも子どもっぽい態度を取られたことに、半ば呆れつつも、半ば面白く思いながら、突っ返された帽子をかぶり直し、嘆息を吐く。
「ま、来年は何か用意しとくよ。だから、今年はこんな悪戯で許せ」
「待って、悪戯させろって言ったの俺だけど?」
「こまけぇこたぁいいんだよ。楽しかったろ、それなりに?」
「楽しかねーし……」
「じゃあ、来年は何もしねーし、ここにも来ねぇ」
「や、それは……っ、何だよ! 朱斗の馬鹿!」
 床に寝そべったまま、隣に座っていた俺の背中を、遠慮なく力いっぱい拳でどつく。
 殴ることはないだろと、声を荒げたかったが、そのたった一言も出ないほど、拳の威力は強く、ただ暫くその場で身悶えることしかできなかった。
 反省してろと目線で訴えかけてくるのを察し、ひらひらと両手を上げて降参のポーズをとって見せた。
 いろいろ言いたいことはあるような気がするが、あんまりからかいすぎるのもよくないかと、抵抗せずに大人しく帽子をまた目深にかぶり直すのだった。



End 2014.11.2.Sun.





診断っ子の朱斗と大天使(=エル)の話。
Twitterにひっそり上げていたのを、加筆修正してうp。
ハロウィンから2日もオーバーしてるじゃねえかって? 大丈夫、どっかの国は2日までハロウィンやってるらしいから。


大天使が話の冒頭で「幽閉されて囚われの身になってる〜」と言ってますが、これはまたそのうち別の小説かうちの子ウィキ辺りに設定を投げたいと思ってます。
というか、設定がちゃんと固まってないので、このSSの設定ももしかしたら変更になるかも知れないとかそんな。





  
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