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□拘束の絆
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序章



 久々に会った幼なじみは、まるで別人だった。
 人ごみで肩がぶつかりようものなら、ガンを飛ばすどころか、胸ぐらを掴み上げて、食って掛かっていたような乱暴者が、その名に相応しいほど別人になってしまっていた。

 これが、本来求められていた姿であり、成功作なのだ。
 そうだと分かっていても、自分のよく見知った人の影が消えてしまうというのは、些か寂しさを覚えるようで、嬉しいくせに、素直に喜べずにいた。
 きっと、今、俺の目の前にいるこの幼なじみの表情が、約五年ぶりに再会した、この幼なじみの表情が、怯えていたからだろう。
 どことなく、自分も焦燥した表情をしていたのか、奴はそれに気づくと、伏し目がちに視線を落とした。たまに上目遣いで、ちらちらとこちらの様子を窺っている。
 昔は彼がその程度で傷つくような人間ではなく、もっと単純で愚鈍だった。どうやら、年月が生んだ溝は大きいらしい。
「ああ、えっと……」
 次に紡ぎ出す言葉は喉元まで上がってきているのに、うまく発することができず、言い淀む。
 一人で口籠っていると、先に奴が唇を開いた。
「……ごめん」
 とても、か細くて儚い、小さな声で、きっと、蚊の鳴くような声というのは、こういうのを言うのだと思う。
 なおも、彼の瞳は俯いていた。


 それと同時に気づいてしまう。
 昔のような関係は、恐らく、取り戻せないのだ、と。


「いや……」
 口にした否定は、自分で思っていたよりも憤っていた。
 何に対してか分からない。年月が生んだ溝を受け入れられない自分自身か、それとも。
「……お前さ、嬉しくねーの?」
 一言、そう呟いて、後悔に苛まれた。さらに苛立ちが募る。
「約束守って、会いに来てやったのに、そのザマかよ!」
 思わず、声を荒げてしまった。
 こんなことが言いたかったわけではない。頭でそうと分かりつつも、この勝手な唇は、次々と怒号を張り上げてしまう。
「嬉しい、けど……!」
 またしても、誰にも聞こえないような小さな声で呟く。だが、その発現の語尾が、怒気を孕んでいたのに気づき、少し冷静になる。
「俺が……怖く、ないのかよ……?」
 真っ直ぐにこちらを見据えた瞳は、薄ら涙で滲んで潤み、震えていた。
「餓鬼の頃は、俺のことなんか、何も知らなかっただろうけど、こうして会いに来た以上はもう、知ってるんだろ? 何で会いに来たんだよ……」

 その通りだ。本当は二度と会わない方がよかった。
 俺の存在は、奴を壊しかねない。
 奴が壊れると、世界が壊れてしまうから。
 奴の負の感情が最大限に暴発したとき、この世界は崩れる。

 その真偽は、実際に定かではないが、警戒するに越したことはない。ゆえに、奴は義務教育が終わったと同時に、この施設に軟禁され、自由を奪われた。
 拘束され、閉じ込められた当初はひどく抵抗したようで、喧嘩で鍛えた腕っ節が功を奏したのか、負傷者が多発するほど、困窮を極めたそうだ。

 だが、そのうち諦めがついたようで、途端に大人しくなり、誰にも手がつけられなかったといわれた乱暴者の感情と奴らしさは、音も立てず、静かに死んでいったのだという。

 それを知ったのは、奴がいなくなって、すぐのことだった。
 ついこの間まで連んでいた奴が、途端に恐ろしい存在に思え、高校に入学してからは、奴を忘れようと遊び狂った。

 だが、何をしていても忘れられなかった。
 友人と馬鹿をやっていても、恋人と身体を重ねていても、奴が。

 だから、奴に会う道を選んだ。
 それに気づいた時期は遅かったが、まだ巻き返せるという、自分の中で絶対的な自信と、過信があったのだ。
 浪人してしまい、思っていたより、遅れてしまったが、漸くその時がきた。
 過去を思い返していたら、一人で憤慨していた自分が馬鹿らしく思えて、嘲笑を浮かべる。
「嘘吐きは泥棒の始まりって言葉、知ってんだろ」
「……は?」
 あまりにも突飛すぎる発言に喫驚している奴を他所に、微笑んで見せる。
「卒業式んとき、約束したろ」
 不細工な自分の顔写真のついた警察手帳を差し出すと、奴は俺の言いたいことを察して、さらに目を丸くする。
「警察官が犯罪を起こすなんて、問題外ってことだよ」
 差し出した警察手帳を両手で握り返し、深く何度も頷きながら、堪えきれずに溢れた涙で両手を濡らしていた。

 さながら、奴の名前に相応しい「天使」のように。





End 2014.12.20.Sat.




  
 

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