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□既遂SS集。
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「手向けの復讐」


 夢なら醒めて欲しかった。
 現実なら、醒めないで欲しかった。

 真っ暗な夜闇に閉め切られた部屋の片隅、粗末な毛布を抱きながら、目を覚ます。
 大理石で作られた床は、当然ながら、自分が寝転がっていたところだけは暖かく、立ち上がろうと手をついた場所はひどく冷え切っていた。
 まだ夢の中にいるような感覚に苛まれている冴えない頭を覚まさせるには、ちょうどいいくらいだ。
 その冷たさにはっとして、ゆっくりと横たえていた上半身を起こす。
「ああ、いけませんね。つい、眠ってしまいましたか」
 あの日から何日も洗髪していない金色の髪をぐしゃぐしゃと掻き毟りながら、覚束ない足で立ち上がる。
 どうせ悪夢しか見られないことくらい分かっているくせに、睡眠という欲求には敵わない。
「……はぁ」
 またしても、義妹(かのじょ)が殺される夢を見た。
 そこまではここ数日と同じだったが、今日見た夢は、自分も一緒に串刺しになって殺されるものだった。
 夢のくせに、やけに痛みの感覚がリアルで、このまま眠りの淵から覚めないのではないのかと思ったくらいだ。今でも大胆不敵に笑う双子の兄の顔が、憎らしいほどに脳裏に張り付いて離れない。
 これが現実だったなら、案外悪くなかったのかも知れない。

 あの日から、一週間。
 罪のない彼女を現世に取り戻そうと、あらゆる手を尽くした。
 今でも、あの日が夢ならば、覚めてほしいと思う。
 だがこれは、どこにも逃れられない現実だ。生き残ってしまったならば、命ある限り、なすべきことをなさねばならない。
 そんなくそ真面目な綺麗ごとを唇で紡いで並べながら、自分の真横で青く煌々と光る巨大なカプセル装置に目を遣る。切なく淡い水泡と水音を立てる装置の中心に、腹部を細い剣先で貫かれたまま、眠り続けている彼女がいた。
 腹部に自身との幼子を身篭ったまま、ただの一言もなく、静かに。

 あの日が夢にならないのなら、現実と向き合うしかない。
 手にした資料や文献を床に放り投げ、傍らにあったメスを手に取る。
 あの世から彼女を救い出すことができないのなら、生き残ってしまった自分ができることは、たった一つだけ。


 眠る彼女に手向ける花束。
 ――復讐。


 今は眠るわけにはいかない。
 現実と、戦うために。



End 2012.10.24.Wed.





久々にSS書いたら、くっそ重たくなったでござる。
しかも、完全に既読者向けでござる。

ついったでお題募集してたら、ふぉろわ様から素敵な書き出しをいただいたので、変態の“生命の糧”と“生きる意味”をテーマにSSを書いてみた結果がこれだよ!!

とりあえず、「義妹」と「彼女」をうまいことかけてやったつもり。それだけが満足。

変態が悲しい人生や運命から逃げようとせず、生きている理由で、生命の糧。
それがこれなわけなのですが。
もし、この義妹(かのじょ)へ捧げる「手向けの復讐」が終われば、変態はどうなるのか。
それはまた、本編(第5章)で。





   
 

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