汝、風を斬れ

□第二章
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 第二章  森

 近衛の持ってきた四人用の天幕の中は、見た目の割に広かった。セントは、目の前で眠る、この国の王女を眺めている。別に、下心がある訳ではない。ただ、あんなに色々な事があったのに良く寝ていられる……と思っているのである。傍らには、いつでも抜けるようになっている愛刀がある。

 今ここに、あの近衛の姿はない。森の中に、食料や薬草を探しに行った。この季節、知識さえあれば、森は生きるのに充分な場所だ。かといって、セントに知識がないのではなく、いざというときセントのほうが確実に姫を守れるだろう、という近衛の考えからのこと。
 近衛――彼は「ジン」とだけ名乗った。幼少の頃より姫に仕え、歳はセントと同じ、二十。他の名も、家族もこの国にない。そう、城から逃げる途中、月明かりの夜の闇の色をした髪の下で、蒼い左目を少し悲しそうに光らせて語った。目つきは優しく、痩身。だが、決して頼りないという印象を人に持たせない、不思議な男だ。無論、彼も「兵士」である以上、伝声機と被眼殻を着用している。

 自分に姫様を任せておいて良いのか、とセントは聞いた。城ではあんなにも警戒されていたのに、「姫を頼む」と言われては、何か裏があるような気がしたのだ。しかし、当のジンはセントの問いに、笑って返した。姫を逃がした時点で立場は同じだろう、と。
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