古語 イニシエカタリ

□青
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水の世界――
氷魚の部屋の鈴が鳴る。
「氷魚」
「オウナ様」
 入ってきたのは、兄の汪魚。頬に埋め込まれた二つの細貝は、人魚の長の証である。
「昨夜は、何もなかったのだな。石牢にはいなかったようだが」
 汪魚には氷魚を犯した記憶はない。氷魚は汪魚の目を見た。
 汪魚は返す。
「何だ、色目か?そういうものは兄ではなく、流澪に使いなさい」
 氷魚にとっては冗談では済まされない。が、汪魚にとっては戯れ言の一つに過ぎない。
「私は、流澪様とは…」
 クククと汪魚は喉で笑う。悪意のない笑い。
「兄様…」
「すまぬ」
 汪魚は腰掛けていた岩を離れた。
「では、大事はないのだな」
「はい」
「そうか」
 大事がないか、それを確認すると汪魚は部屋を去った。その後ろ姿を見送った氷魚は、世話係の魚も下がらせる。
 そして清青の鴉面を見ようと、仕舞っておいた箱を開ける。
 ない。
 清青様の面がない。

 暗い岩陰。汪魚は流澪を呼んだ。
「長」
「昨夜、氷魚がどこで何をしていたか、調べよ」
「は」
 流澪の脳裏には、一昨日の氷魚の言葉が浮かぶ。
 一方、汪魚も感じていた。山と、都の匂い。
 流澪は去り、自身も長としての仕事に戻ろうと水中を行く。
「「父上」」「長」 
 日当たりの良いところで戯れていた二仔とその母が汪魚を呼び止める。しかし汪魚は振り向きもせず、そのまま進んだ。
 上の仔が言う。
「母上、父上は…」
「父上は一族の長です。とてもお忙しいのです、おわかりになりなさい」
「はい」「う…でも」
 頬に一つの細貝が埋め込まれている下の仔は言う。
「寂しいです」
「そうね…」
 母親は仔供を抱きしめた。 
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