01/14の日記

23:26
PEACE。2年ぶりじゃないか?
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9.

幸せって、辛くて苦しい。
だって、それ以上の幸せよりも、それ以下の辛いことのほうが多い。
ねえ、未来の僕は、どう思う?

「俺は……」
そこまで口に出かかったところで、俺は自分で口を閉じた。
俺が小学生の時に、卒業文集に書こうとして結局「卒業おめでとう」という淡々とした文章を書いた記憶がある。それこそ、些細な出来事でしかない。
(しかし、親父の事といい、何故こうも昔の事ばかり思い出すんだ)
瑠里が死んでから数日が過ぎた。
少しの間を置いて、俺の心に残っていたのは悲しみではなく、落胆だった。
俺は思い出の瑠里が好きだったんじゃない。体、声、笑顔。生のままの、質感のある瑠里が好きだった。

矢口書店のドアの前に着く。
ガラスに俺の姿がうっすらと映り込む。ここのドアも押すところが俺の腰の辺りにあるから、少し上の辺りを押す必要がある。
ドアを開けると、呼び鈴のベルが透き通るような音を立てて鳴り響く。
「素敵な、音色ですね」
「でしょう?これは俺が店長のために奮発したものなんですよ」
 俺が得意げに言ってのけると、言乃は少しむっとしたような表情になる。
「だから、敬語じゃなくていいんですってば」
「ああ、そうだっけな」
俺はふっと笑みを浮かべた。彼女もそれに倣うように笑顔を見せる。
言乃はドアを支えている腕の下を通り抜けていく。まあ、身体が小さいからな。
「おはようございます!」
明るく元気に挨拶をする彼女。今日はまた随分と屈託の無い笑顔を見せてくれる。
「おーっ!言乃ちゃん、今日も来てくれたかぁ!!」
店長は嬉々として、言乃を出迎えてくれた。この元気の塊みたいな人が昨日の話の人物なんて、嘘みたいだ。
「はい!」
何だ、きちんと話せる事が出来るじゃないか。俺は心の底から安堵した。
しかし、こうして見ると、言乃と店長はまるで親子のようだ。もっとも、二人は全然似ていないけれども。
一人で含み笑いをしていると、彼女は俺の方にくるりと身体を向けてきた。
「外は寒いですよ、ピースさん。風邪引かないうちに早く入ってくださいね」
と、言乃が微笑みながら俺に言ってきた。
「あ、ああ」
俺はドアを閉め、店内に足を踏み入れた。彼女は口元に右手を当てて、くすくすと笑う。
「平和さんの笑い顔って、意外と可愛いんですね」
少し決まりの悪い思いをした。誰かにこっそり笑ってるところを見られるのはかなり恥ずかしい。滲み出てくる照れ笑いを顔に浮かべながら、俺はゆっくりと顔を出した。
室内は別世界だった。外の寒々とした空気とは違い、ふわっとした暖かさに包まれる。この内外の温度差を感じる瞬間は結構気持ちがいい。
「おはようございます」
俺も言乃に倣って店長に挨拶をした。この口調も相変わらず気の抜けた感じだ。
店長は俺に気付いて、俺の方に歩み寄ってくる。
「おう、今日もよろしくな」
「うぃっす」
今でこそ、またこんな感じで話すことができるようになっているが、初日は何とも微妙な表情を浮かべて俺の方を見ていたものだ。店長からすれば、俺を気遣ってくれるつもりなんだろうが、どうもそういう雰囲気の店長と接するのは違和感があった。

「平和、お前、大丈夫なのか?」
「まあ何とか。心配掛けて、どうもすいませんでした」
ぶっきらぼうな感じだったが、今はこれが精一杯だった。そんな俺の様子を見た店長は破顔する。
と、突然、店長は俺の首筋に腕をがっちりと組んできた。
「何言ってんだ。元気になってくれれば良いんだよ。……そうか、良かった良かった。人間、立ち直りが肝心だからな」
店長にそう言われた時は、素直に嬉しいと感じた。そして、この明るさこそが俺の良く知る店長だ。
「……あざっす」

と、そんな感じだ。ここにいると、今までに味わった事の無い、幸せな気分になれる。やっぱりこのアルバイトはこれからも続けていきたい。
「なあ平和、一つ聞いていいか?」
「ああ、はい、何すか?」
店長は言乃の方を見ながら、怪訝そうな表情を浮かべていった。
「最近、言乃ちゃん、随分と明るくないか?いや、その方が俺もいいんだけどな?何だか、気になってな」
「それは、俺にも分かりませんよ」
俺はにこやかに言った。
「そうかい。あー、それはともかく、その、言いづらい事なんだが……」
店長は、頭を掻きながら言った。続ける。
「もう仕事は終わりだ」
一瞬、思考が止まった。
「え、マジっすか?まさか、クビ?」
「違う違う。うちのバイトは一通り終わったって事だよ」
店長は重々しい雰囲気で言った。
詳しい話によると、この店のやっつけ仕事はもう終了したそうだ。次の仕事が出来るのは、一ヶ月先になるらしい。これはまずい展開だ。
「せめて今日一日分の日当を与えられるだけの仕事があればな……」
俺は未曾有の窮地に立たされていた。バイトが出来ない、金が無い。つまり、今月分の煙草代も生活費も稼げない。
その上、仕事が無いのだから、新しい仕事を探さなくてはいけない。ただでさえ無気力だと毛嫌いされるような俺が、容易に仕事が見つかるわけが無い。
これは久しぶりにピンチだ。
「じゃあ二人ともこっちで働かせてみない?」
書店と繋がっている喫茶店の方から、白のショールや漆黒のドレスをモードに着こなす女性が現れた。シズエさんだ。妖艶な笑みがシックな服装と相まって、大人の色気を感じさせる。
「お、シズエ」
店長が彼女の名前を呼ぶと、彼女は微笑を投げ返した。そして、言乃の方に近寄り、彼女の顔を興味深そうに見つめる。赤い唇がゆっくりと開かれる。
「言乃ちゃん、さっき仕事したいって言ってたんでしょ?だったら、うちの臨時ウェイトレスにならない?」
シズエさんがそう申し出ると、言乃は顔を真っ赤にした。そして、小さな子供がはにかむように俺の後ろに隠れる。どうも、言乃は俺と店長以外の人間には対応が出来ないみたいだ。
「平和君はどうかしら?ウエイターとして働いてみない?他の所と違って、貴方の人間性はよく知っているから、面接とかは要らないわ。こっちは日給じゃなくて時給。当然、接客業メインだから、同じ時間働いても、そっちより割高かしらね」
それはありがたい。このご時世、コネがあって、なおかつおいしい仕事を蹴る人間なんて、余程の馬鹿じゃない限り、まずいない。
「願っても無い話です。俺は快諾します。言乃はどうするんだ?」
「……」
後ろを振り向くと、言乃は頬を赤らめ、俯きながら黙っていた。
「……ちょっと、無理みたいですね」
「あら、残念ね。言乃ちゃんの給仕姿、見たかったのに」
そういうシズエさんは、本当に残念そうだった。
「なら、俺んところで特訓させてみないか?」
店長が口を開いた。
「言乃ちゃんは人と普通に話せるようになればいいんだよな?それならまずは客足の少ないこっちで慣れさせてから、そっちに行かせればいいんじゃないか?」
それを自分で言うか。
「あら、それいいわね」
店長とシズエさんの案には俺も賛成だと思った。後はその提案を言乃が承諾するかどうかだ。
「何か話が進んでるみたいだけど、言乃はそれでいいのか?」
「……………はい」
しばらく考えた末に、言乃は一つ、小さな返事をした。
「よし。頑張れよ」
俺は彼女の頭を撫でてやる。
「はい!」

突然、書店のドアのベルが鳴り響く。客がこの店に訪れてきたのだ。
灰色のデイバッグに焦茶のオールコートを身にまとった痩せぎすの男性。二十代前半だろうか。オールバックの髪型に銀縁の丸眼鏡という出で立ちは、いかにも神経質といった感じだ。
店長は客の姿を認めてカウンターに付き、俺は専用のはたきを使って本棚の隅々を叩き始める。俺の場合、従業員のエプロンを身に着けている以上、例え仕事が無いとはいえ、振りだけでもやっておかないと、客に示しが付かない。
俺は客の邪魔にならないように少し間隔を空け、はたきで本棚の煤や埃を取る。この行為にも随分慣れてきた気がする。
「いらっしゃいませ」
店長が男性に向かって挨拶をする。男性は軽く会釈し、眼鏡を中指で調節する。そしてすぐに店長を鋭い目付きで店長を見た。一点の感情も無いような目の輝き、なんとなく得体の知れない雰囲気を放っている。
「済みませんが、ここに篠沢言乃という子はいらっしゃいませんか?」
(……何?)
その男性の口から言乃の名前が出てきた事に、嫌でも聴覚が過敏になってしまった。
俺はその人に気付かれないように、こっそりと耳をそばだてる。無論、作業の手に緩めず動かしたままだ。
「あ、ええ。いますよ」
店長も多少は彼のことを警戒しているらしい。当たり前だ。間違ってもこの男性は言乃の肉親ではない。顔が似ていない上に、なんとなく怪しい風体をしている。後者は俺の憶測だ。
「ああ、それなら僕に会わせてください」
その人の声からはやはり、感情というものが感じられなかった。一体、彼は何者なのだろうか。
「言乃、客」
俺が彼女にそう促すと、言乃は笑顔で返事をした。
「あ、はい!」
「言乃!」
男性は叫ぶように彼女の名前を呼んだ。
「カトウさんじゃないですか!どうしてここに?」
「君が突然アルバイトを始めたいなんて言うからさ。心配になって、様子を見に来たんだ」
「そうなんですか……。わざわざ、ありがとうございます。でも、私は大丈夫です。……平和さんがいますから」
彼女は俺の顔を見て、にこりと微笑んだ。少しだけ、どきりとした。
「平和……さん?」
彼は訝しそうに呟いた。
「どうも、タナカヒラカズです。あ、自己紹介しておきます。俺の名前が田中の平和と書いて、ヒラカズと言います」
「ああ、それでは貴方が田中平和君なんですか?」
「え、どうして俺を知っているんですか?」
「言乃が前回のカウンセリングで言ってましたよ。田中さんという優しい人に出会えた、って喜んでいましたから」
“ヤサシイ”
俺はこの言葉に抵抗があるらしい。表情に出てなければ良いが。
「特に……深い意味はありませんよ。ただ篠沢さんが困っていたみたいだから―――」
ふっと微笑むカトウさん。
「それを世間では“優しい”と言うんですよ。……そう表情を硬くしないで、楽にしてください。どうも君は自分自身を自虐する傾向があるみたいですが、もしそうなら僕は断固として否定します。君は不器用ですが、自分がどんな状況下にいても、守りたいものを守れるだけの優しさを持っています。それは貴方が持つ最大の魅力です。誇って良いと思いますよ」
カウンセラーにそう言われると、何だか嬉しい気分になる。
「まあ、言乃の話を聞くから考える人物像ですけどね」
「……ありがとうございます」
「とんでもない。これからも、言乃をよろしく頼みますよ。平和君」
彼は、その時、表情が豹変した。
「……今、僕は言乃を守るためにいるんですよ。もし言乃の身にもしもの事があったら、僕は何をするか分かりませんからね」
その時、背筋が凍るような思いをした。
(昔の、親父の目にそっくりだ)
「カトウさん!」
言乃が叫ぶ。
「平和さんはそんな人じゃないです!!失礼じゃないですか!!」
「あ、ああ。すいません。でも、言わせてもらいますが、貴方は人を信じ過ぎなんですよ。どうしてカウンセリングを受けているか、その点を考えてください」
言乃は突如、押し黙ってしまう。
「……言葉が過ぎました。でも、それが貴方のいいところでしたね」
カトウさんは再び笑顔を浮かべる。そして俺の肩をポン、と叩いて、
「何にしても、言乃を泣かせるような事だけはしないでください」
それだけ言って彼はこの店を去った。
「何だあの野郎、平和がそんな奴だと思っているのかってんだ」
店長はひどく憤慨していた。ちょっと嬉しかった。
「止めてください店長さん。カトウさん、あんな事言ってましたけど、本当は優しい人なんです」
「だってよ……平和があんなに言われたら、いい気分しないんだよ」
「ありがとうございます、店長」
店長をよそに、言乃は陰りのある表情で、こう呟いたのが聞こえた。
「……カトウさん、今度は大丈夫です。今度は……」
その時は、その言葉の真意が理解出来なかった。

バイトが終わる。
ベッドにどさっと倒れ込む。ギシギシと軋みながら、スプリングは俺を撥ね退ける。
腹が減る。現に、唸りを上げている。でも、今日はもう飯を作る気力も残っていない。
(頭の中が、一杯だ)
様々な思いがぎゅうぎゅう詰めで、何一つ手を付けられずにいる。
数ある中の一つを考えれば考えるほど、元に戻ってくる。堂々巡りだ。
携帯電話のメロディーが鳴り響く。
「……Where did I go right?」
歌い出しのフレーズ。俺は無意識にその歌詞を口ずさむ。
(誰だよ、面倒くせえな)
20時38分。Re:という題名で送られてきたものは、ある人物からのものだった。
「……嘘だろ、何で昴が、俺に?」
メールの送り主は、江崎昴(えざき・すばる)だった。こいつはれっきとした瑠里の弟で、確か今年から高校二年生になる。結構人懐っこい性格で、俺と瑠里が現役の彼氏彼女の関係だった時は、友達関係のように接していた。彼女と別れてからは、一度も会っていない。いや、会える訳が無い。
(Re:か。もう、俺のアドレスなんてとっくに消去されていたかと思ったのに)
メールを開く。
『お前、姉貴が死んだ時に病院来てただろ?』
本文の内容だ。俺はああ、とだけ入力して返信した。
 その後すぐに、着信が届く。昴だ。
「もしもし」
『……平和か?』
久しく耳にしていなかった昴の声は、二年前とは比べ物にならないほど男のものになっていた。
「ああ、久しぶりだな」
『お前、今更何様のつもりで姉貴に顔を合わせたんだ?』
電話の先から、剥き出しの怒りが伝わってくる。
「……瑠里の事が心配になって、駆け付けた。でも、瑠里は―――」
『冷やかしのつもりかよ!!姉貴を捨てた奴が、何で病院に行ったんだよ!?』
言葉に詰まりそうになったが、俺は言う。
「瑠里がいないと、俺は……」
『それが冷やかしだって言ってんだよ!!』
どうも、俺は昴の神経を逆撫でばかりしている。多分、今の状況なら俺が口を開くだけで、彼に留まらず、瑠里の親族全てを敵に回す事など容易に出来るだろう。
「……昴」
『気安く俺の名前を呼ぶな。お前を信用した事も、姉貴も馬鹿だよ。別に、俺の方は構わない。でもな、姉貴を捨てた事だけは絶対許さない。姉貴がどんな想いで泣いてたと思ってるんだ!?』
「……分かってる。今日、俺は彼女に心の内を聞いた。それで、俺は瑠里を再び愛したいって、決めたばかりだった」
電話の先で、言葉を詰まらせる昴。
「俺みたいな大馬鹿は、吐き気がするくらいに後悔して初めて、何かを理解するんだよ。何度も何度も自己嫌悪して、自分の都合通りに行かない世界を死ぬほど恨んで、それでも、俺は生きていかなきゃならない。……あいつと、約束したからな。諦めないって」
瑠里がいなくなってしまった現実に落胆だってした。でも、瑠里への思いを言葉にすればするほど、忘れようとしていたはずの感情が蘇ってきては、心が痛む。
少しの沈黙が支配する。彼は言った。
『教えてくれよ。何で姉貴は死んだんだ……みんなに期待されて、みんなに愛されてきた姉貴のはずなのに……なんで、姉貴ばっかりこんな目に……』
涙混じりの声だった。聞いているこっちも泣きたいぐらいだ。

幸せって、辛くて苦しい。
だって、それ以上の幸せよりも、それ以下の辛いことのほうが多い。
ねえ、未来の僕は、どう思う?

小学生の俺のくせに、何て質問を投げかけてくるんだ、と思った。





そういうわけで、完成とは言い難いもんですけど、載せてみました。終わり方が半端すぎて参った。

ええ、まあ、誰かにいいものを読ませようとか、何か反応待とう、なんて思いじゃPEACEは少しも書けないことに気付きました。自分の中に篭っている生々しい感情やら真っ黒い部分とかをずっと抱えたまま、それを文章にしようとするということが、いかに体力勝負であるかということに気付いたとき、昔の自分はどれだけでっかい問題にぶつかっていたのかと実感しました。

PEACEを書く=精神的にどうかなっている時でないと、常人な状態でこれに取り組もうとすると、こっちが飲み込まれそうな感じになります。我ながら、厄介なものを書いたなぁと痛感しています。

小説のあとがきって、割と長いよねーなんて思っていたけど、いざ書こうとしたらばこれが短い短い。とても2ページやら3ページやらと書ききれない思いがあります。

10以降の展開はそれこそ靄を掴むような感じです。いいのかねえ。前も条件は同じだったけど、今の俺の想像力の乏しさじゃ落ちぶれた感が否めないぜ。

ぼちぼち進行できればいいんじゃないでしょうかねー。

ちなみに、ピースのメール着信音は本当にあります。てか、とくめーの携帯のメール着信音です。興味がある人は探してみるのもいいですね。ヒラリー・ダフってアーティストです。スイーツ(笑)



☆コメント☆
[丼] 01-15 01:22 削除
so yesterdayの人だn!アルバム持ってます( ^ω^)。。

ぴーすきたあああああああ 店長!すぐ読みに来ました(
小説はその人らしさや考えがストレートに出るから好きです。
ぬー 栄枯衰勢というやつですね。でも…アッー語りだしそうだからやめときます!続きあるんかな?期待ですす・w・)

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21:53
はて、どうしたもんだか
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寒くて重ね着するしか方法がない。

いくら東北の方が寒いからとはいえ、長期戦という名の室内外の温度差のなさは異常だ。

近いうち対処をとらねば自宅で弱ってしまう。

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00:22
(´・ω・`)
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寒い。

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