02/20の日記

10:03
PEACE前編。すいません
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5.

円くて白いテーブル。俺と瑠里はそこに座っていた。
「篠沢言乃?」
テーブルの向かいにいる彼女がそう言った。
「ああ。少し前に俺の家に間違い電話がかかってきたんだ。その時に俺がカトウ……って言ってたっけ、そいつの電話番号が分からないって困ってたから、俺が彼女にパソコンで検索出来る方法を教えたんだ。それで彼女、今度は他人と話すのが苦手だって言うからさ、俺がバイト先で面倒を見る事にしたんだよ。で、今日がその待ち合わせの日なんだ」
「ふぅん……」
テーブルの上にあるオレンジジュースを口に含みながら、瑠里は興味深そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「でも、その子の事なんて全く知らないし、特徴も聞いてなくてさ。困り果てた末にさっきの柱の前で立往生って訳だ」
俺はおどけるように肩をすくめた。
「んふふっ」
瑠里は俺の顔をじっと見つめながら、可愛らしく笑顔を浮かべる。少し照れ臭くなったので、俺はそっぽを向いた。
「……何だよ」
小声で滅多やたらにぶっきらぼうな感じになってしまった。
「ピースって、全然変わってない」
どこか嬉しそうに、彼女は声を弾ませる。俺はオレンジジュースの入った彼女のグラスの方に焦点を合わせた。グラスの中の氷がカラン、と崩れて心地良い音を響かせる。
「自分がどんな状況にいても、ピースは誰かが困ってれば絶対に見捨てる事が出来ない。笑っちゃうぐらいにお人好し」
「馬鹿、別にお人好しってわけじゃねえよ。ただ……」
言葉を続けることは出来なかった。お人好しじゃなくて、逃避もしくは偽善だ。そう瑠里に言うのはどうしても躊躇ってしまう。
「……はぁ」
彼女は小さく溜息を吐いた。そんな時、彼女の白く細い手がすっと伸びてきた。俺の両頬を撫で回す。
「もうっ。また難しい顔になってるよ、ピース。どうせ大袈裟な理由でも考えてるんじゃないの?」
彼女は俺の頬を摘んで、上に引っ張った。
「もっと簡単に考えて、気の済むまま笑いなよ。そうすれば悩みなんて吹っ飛ぶよ、きっと」
優しげな笑みを俺に向けてくれた彼女。
……俺があのバイト先の店長に好感を持った理由が分かったような気がした。根本的な所が何処と無く似てるんだ、彼女と。
「……そうだな」
俺は自然と笑うことが出来た。冷たい心にじんわりと温かさが染み込んでいく感じだ。
「うふふっ」
俺の頬からぱっと手を離した彼女は、再びグラスの中のストローに口を付けて、口内を潤し始める。にこやかな表情でジュースを飲む様子は見ていて口元がほころんでくる。
「そう言えばさ、篠沢言乃さんってピースと同じ○×町に住んでたんだよね。すごい偶然じゃない?」
「そりゃそうだけどな」
俺はそんな彼女の言葉に苦笑して、持ち前の論を述べた。
「でも、大方タウンページでも見てて間違えたか、そのカトウの電話番号と俺の電話番号が似てて押し間違えたんだろ」
グラスをタン、と置いて、彼女は身を乗り出してきた。ちょうど鼻を突き合わせるような形になった。
「分かってないなぁ、ピースは。そーゆーのって結構運命的な出会いだよ?」
彼女は両手でグラスを握り締めて言った。
「間違い電話から始まる恋!!はぁ……何かあたし、すごく憧れちゃうなぁ……」
夢見る瞳で語り、溜息を吐く彼女。
「あ、ピースはその子と恋を始めないでね」
そう言う彼女に俺は口元に笑みを浮かべ、小さく頷いた。今の俺なら大丈夫だ、きっと。
「運命的な出会い、か……。さっきまでの俺と瑠里がそうだったし、確かにそれは言えなくもないけどな。冷め切ってたのに、今はまた瑠里とこうやって話している。焼けぼっくいに火がついたってのかな。でもな、俺にはどうしてもそんな実感が湧かないんだよ」
感慨深そうに彼女は大きく頷いた。
「あー、あたしもそうかな。実際ピースが○×駅にいるとは思わなかったし。これはもう運命的な出会いだよねぇ」
ふふん、と鼻を鳴らして可愛く笑う彼女。
「ん、そう言えば瑠里は何で○×駅に来たんだ?」
彼女はバッグから切符を取り出して、俺に手渡した。○×駅→○○駅と書かれ、電車賃の料金が表示されてある。
「土日のバイト探し。○○駅に行って電車乗り継いで東京まで行くんだ」
「え、瑠里はまだ学生だろ?」
「もちろん、学校には内緒でね。出来るだけ早く社会でのノウハウを学んで活かしてみたいからね。若さゆえのバイタリティーって言うのかな」
学校生活を過ごしてる奴がそんな事を学ぼうなんて言うのは今まで見た事が無かった。
「うちのクラスの奴らってみんなガキみたいでさ。親はムカつく、とか口うるさいとか言って文句言ってるんだ。でもあたしは親に迷惑掛けたくないし、安心してお嫁に行けるようにしたいし。とにかく奨学金申し込めるぐらいに頭良くなって大学行きたいな。それに安定した職に就いて自立したいしね」
得意げに言い放つ彼女。見た目だけなら彼女が言うガキとそう変わらないだろう。ただ彼女の考えが俺よりも、ずっと立派だ。所詮、俺はそこらのガキみたいなもんだ。
「……瑠里は、どこの大学目指してんだ?やっぱ○○大か?」
「うん。農学部」
彼女はさらりと言い放った。
○○大、通称○○大学。この県内では有数の一流大学だ。俺が一応目指している医療関係の四年制大学と同等のレベルだが、彼女は間違いなく俺よりも賢く、偏差値も高いはずだ。
可愛くて、頭がいい。しかも、とにかくひた向きで優しい性格だ。
そんな彼女に、誰しもコンプレックスを抱えずにはいられない。無論、俺はそれを承知で彼女と付き合っていたのだが。
「相変わらずすげぇな、瑠里は」
「そんなことないよ。あ、でもピースに褒められるのは嬉しいかな」
頬をばら色に染める彼女。
こんなたわいのないやり取りを繰り返す事が出来るなんて、夢のようだった。まるで二年前に戻ったかのような錯覚を感じてしまう。

構内にアナウンス音が鳴り響く。瑠里は自分の腕に巻き付けてあった白い腕時計に目を遣った。
「あ、そろそろ電車が来ちゃうな」
「もう行くのか?」
「うん、これ逃しちゃうと面倒だから」
「そっか。じゃあ仕方ないな」

『五番線から8時36分、××行きの列車が発車いたします……』
アナウンスの声が聞こえるのと同時に彼女は席を立ち、
「またね、ピース」
彼女は白くて細い指を小さく振って、改札口へと向かった。俺は笑顔で彼女を見送った。
彼女は小柄だ。それなのに、彼女の後ろ姿はとても大きく見えた。繊細な花のような外見とは裏腹に、強い風のような逆境にも負けない強さを持っている。
俺はそれが無性に羨ましくて、彼女の背中をじっと見つめながら一つ大きな溜息を吐いた。

(……気持ちを切り替えないとな)
俺は手を強く握り締めて、気持ちの昂ぶりを落ち着かせようとした。
そうだ、まずは篠沢言乃を探さなくてはいけない。初めにアルバイト先で働こうと言い出したのは俺だ、このまま放っておく訳にはいかない。
(……よし)
俺はさっきまで立往生していた柱の前まで足を運ぶ。土曜日とはいえ人の通りは結構多い。それなら一番人目に付く場所でやるしかない。俺は心を決めて息を大きく吸い込んだ。
「俺の名前はぁ、田中平和でぇす!!俺の名前に心当たりのある方、直接俺に言ってくださいっ!!恥ずかしいと思う人は、こっそりっ、申し出てくださいっ!!」
よし、上々の声量だ。俺はもう一度大きく深呼吸をした。
「ぶっちゃけ古本屋のアルバイトの勧誘ですっ!!田中平和に心当たりのある方っ、申し出てください!!」
あの地獄の校歌練習がこんなところで役に立つなんて思わなかった。直接呼び掛ければ手っ取り早いのだが、彼女の名前を出してしまえば彼女は絶対に現れない。俺はとにかく姿の分からない篠沢言乃に対して、叫び続けていた。
しばらくこの行為を繰り返していると、俺は身体を大きく波打たせ、むせ込んだ。
さすがに辛くなってきた。どうも喉以上に肺の方がグロッキー気味になるみたいだ。きっと普段から喫煙ばかりしているからだな。仕方ない、少し休もう。
駅構内の時計を見る。もうすぐ短針が9を指し示そうとしていた。
(そろそろ九時か……やばいな、バイトに遅れる)
俺は小さく舌打ちをした。今まで必ず時間に間に合わせてきたってのに、台無しだ。
俺は携帯電話を取り出した。電話帳検索から【矢口書店】、つまり古本屋の店長の電話番号を選択し、発信する。
とりあえず篠沢言乃が見つからないのでバイトに遅れる、と連絡をした。
「この馬鹿野郎!!」
耳が割れそうなほど大きな声に、思わず首を仰け反らせる。さすがにクビになるか?
「女の子がうちに来てくれんだろ!?そんなら、連れてくるまでこっち来んなよ!!」
「……了解っす」
「頼んだぜ、平和!!」
俺は安堵すると同時に、がっくりと肩を落として携帯電話を切った。それでいいのか、店長。
受話器に当てていた方の耳鳴りが治まらない。まったく、困ったものだ。それに誰も声を掛けてきやしない。
ま、そりゃそうだ、普通はあんな風に叫んでいる時に易々と話し掛けてくる馬鹿はそうそういない。ましてや相手は人付き合いが苦手だと俺に相談を持ちかけてくるような人間だ、それならきっと今からが本当の勝負だろう。
俺はその場で誰かが声を掛けてくるのをひたすら待ち続けた。

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10:01
PEACE後編。
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朝の喧騒が徐々に静まっていくのを感じつつ、俺は柱の前で立っていると、いつのまにか俺の横に一人の人間がいた。
そいつは黒のトレンチコートに白のスラックスを身にまとい、さらに黒のベレーキャップを被ってうつむいていた。昨日古本屋で見た女の子にそっくりだ。……もしかしたら。
「あの……」
俺がアプローチしようとする前に彼女の方から先に声を掛けてきた。その声には聞き覚えがあった。電話の先の、篠沢言乃の声だった。
「田中、平和さん……ですか?」
彼女は怖ず怖ずと俺の方を見てきた。
彼女の顔を見た時、俺の背筋に何かが走った。鳥肌が立つような感覚、そのぐらい彼女は可愛い顔立ちをしていた。
ただ俺はそんな気持ちを表面に出さないように、瑠里の事を思い出しながら、いつも電話で対応しているような上っ面の俺の口調で彼女に話した。
「……そうですよ。って事は貴方が篠沢言乃さんですか?」
「……はい、そうです」
もじもじしながら蚊の鳴くような声で彼女は返事をした。これは思った以上に問題かもしれない。
「あ、えっと……その……」
彼女は身体を震わせながら、俺の顔を見上げたり、すぐに顔を背けたりして首を上下させる。彼女は潤んだ目で俺の目線にぶつかってきては、逃げていく。
(……やっぱ小動物だな)
俺がそう思ってしまったのには二つ理由があった。
まず一つは、小さい。俺は身長が182センチメートルで割と背が高い方だということも含め、俺の目線から見れば彼女は推定140センチ(以下略)前後ぐらいの背丈なのだ。
もう一つの理由は、この気の小ささだ。とにかく気恥ずかしがる傾向があるため、常に怯えているような仕草を見せる。これは誰もが反射的にこの子を守らなくてはいけない、と感じさせられる。
「……うん。それじゃ、約束を果たしましょう。俺が役に立てるかは分かりませんが」
俺は彼女に笑顔を見せた。それこそ、瑠里に見せたような笑顔を。
「……はい」
返事したのかどうかも分からない声で答えた彼女。その時、やけに駅構内が騒がしかったが、何が起きたのかなんてさっぱり気にならなかったし、分からなかったので俺と彼女は駅を後にした。
「場所は矢口書店です。知ってますか?」
「あ、知ってます……!!昨日、私行ったんですよ?」
それは知っている。まあとにかく、相変わらず聞き取りにくいほどの小声だ。でも、先程よりも幾分早口になり、表情にも種類の違う赤みが指していて、嬉しそうだった。やっぱりこの子は本が大好きなんだろう、と思わずにはいられなかった。
俺と彼女は隣町の○○町まで歩いていく事にした。冬の並木道というのは電柱や木は雪の抱擁をただ受け入れるばかりで、生い茂る緑や生命の息吹といった命に乏しく、物寂しい。
こんな時期にサクラサク、なんて馬鹿げている。
「あの、田中さん」
俺の思考に彼女が割り込んできた。但し、どんなに気分を害されても俺は中身を出さずに笑顔という面を付けてこう答える。
「はい、何でしょう?」
「……本当に、すいません」
緊張しているのか、上ずった声で俺に謝罪してきた。
「え、何がですか?」
「その……疲れますよね、私と話してるの」
まさにそうだ。とてつもなく疲れてくる。ただ俺はそんな事を口にする訳が無い。
「いいえ、でももっと篠沢さんが俺に話し掛けてくれればいいかな、なんて思ってたりしてます。だって、電話の先ではあんなに楽しそうに俺と話してたじゃないっすか。あんな感じで、他人との会話を楽しめればいいじゃないっすか」
「……ありがとうございます」
彼女は頬を赤らめたまま綺麗に微笑んだ。その時に俺はズキン、と何かが心に突き刺さる感覚を覚えた。慣れない出来事に戸惑う俺は、どうにか狼狽えないように必死に平静を努めようと心掛けていた。
「ところで、篠沢さん」
彼女は一度、大きく身体を震わせた。俺は彼女の緊張を解いてやろうと思い、瑠里に見せた笑顔をもう一度顔に浮かべた。
「そうアガらないでください。緊張しまいと思いながら話そうとすると、人間はますます緊張するんです。これを努力逆転の法則と言うんですが、そんな事は別にどうでもいいっすね。要するに緊張したって良いから――」
「ありがとうございます」
さっきまでとは比べものにならないほどに強く確かな声だった。俺の目の前には受話器の向こう側で話していた人間がいたのだ。
「そう言ってもらえると頑張れる気がします」
「……それなら、良かったっす」
彼女の明るい表情に俺は少しばかり安堵した。
だけど、何なんだ。この心の中を針で何回も突き刺しているみたいな気持ちは。俺は言いようのない不快感に包まれた。
「それじゃあ、早く行きましょう」
彼女の声は、薄いガラスよりも透き通っていた。

それは俺の心をぐらぐらと揺り動かすように。






あれ、キレてるんですか?
キレてないっすよ。俺キレさせたらたいしたもんっすよ。

この話は波乱ですか?
まだ波乱ではありませんよ。
次からはもっと展開が進めばいいなと思ってますから。

それと、マジですいません。
日記は後で更新しますから。

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