01/17の日記

06:32
空色の冒険09。一番好きかも
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第9章『初夏の物語』


「ただいま、ダリアばあちゃん」
あれ?
いつもこの時間に流れてる【レディオガガ】の音がない。
どうしちゃったんだろう?
「ばあちゃん、いるの?…!」
何気なくキッチンを覗いた俺は、
思わずカバンを取り落とした。

…おばあちゃんはキッチンに両手をつき、
肩を震わせて泣いていたのだ。
骨張った手が、白い前掛けを握り締めている。
「ばあちゃん、どうかしたのッ!?」
「な、なんでもないんだよ、ジャック」
あわてて駆けよる俺に、ばあちゃんはいつになく焦って、
手に持った白いものをエプロンに突っ込む。
紙が擦れるカサカサ、って音がした。

「おばあちゃん、それって…」
俺は直感的にさとった。あれは、母さんの手紙だ。
今回こそは、焼かせてたまるかッ!

俺はおばあちゃんの手から紙をひったくって、
そのまま外へと駆け出した!!
「ジャックッ!!!よせ、見てはいかんッ!!」
「ごめん、ばあちゃん!」
ばあちゃんを振り切って(年の差50才はデカイぜ)
俺は川沿いの道を転送装置へと走った。

夕日に赤く染まるノーブルレッド城。
中庭の噴水の縁に座った俺は、
すっかり上がってしまった息を静めつつ、
手紙を広げようとした。

「おっとと」
握り締めていたからか、汗で裏表がぴったり貼り付いちゃったみたいだ。
はやる心が薄い紙を破かないように注意して、
最後の折り目をはがしていく。

…よーし、これでOK。
絶妙微妙な力を入れていた指を離し、
ドキドキしながら中身をのぞく。
「……!!!!」
俺は、頭を頭を強く殴られたような衝撃を感じた!!
”死亡通知〜クレメンタイン・ベックソン〜”
無機質にタイプされた手紙が滑り落ちる。
「ウソだ…っ!」
大声で叫んだ…つもりだったが、
俺の舌は強張り縺れ、聞き苦しい音を出すだけだった。

「くそぉっ……!」
とほうもない量のさまざまな感情が、
俺の脳を覆い尽くしていく。
「ちくしょう、畜生…何のために…嫌だ……」
繰り返す呪咀が何に対してのものなのかわからないまま、
俺はよそめきながら城の中を歩きだした。

「……」
いつもの部屋にたどりつき、戸棚を開く。
息苦しさと動悸を押さえ、
今までに作ったプレインと設計図を取り出す。
両手に抱えられないほどの量に、
やるせない気持ちが湧きおこった。

再び噴水の前に戻ってきた俺は、
運んできた荷物を乱暴に置く。
その上に枯れ木の枝を乗せ、
引き出した一枚の設計図をねじり、導火線にする。

不思議に、悲しさとかみじめさとかは感じなかった。
すごく透明な気持ちが、俺の中に満ちていく。
「さよなら、母さん」
後ろポケットから取り出したマッチを擦る。
小さな燐の炎を、導火線へと近づけた。

だが、その瞬間。
白い腕が俺の右腕に伸びた。
振り向くと、
そこには静かな表情をしたマリアベルが立っていた。

「…離してくれよ」
「だめじゃ」
「……離せって、言ってるだろ!!」
鼻声になりながら、俺は叫ぶ。
「だめじゃ」
マッチの赤い火が燃え尽きる。
同時に、張り詰めていたものが切れる音がした。

「嫌なんだ……もう、何もかも…ッ!!」
叫び、手のひらを思いっきり地面に叩きつける。
「何をするんじゃ!!」
制止しようとする彼女を振り払い、
「だって、俺の手は、こんなにも無力だ!!
結局母さんを引き止められなかったッ…!!
…置いていかれたんだ、
母さんがいなくなった時と、おんなじに……」
最後の方はしゃくりあげる喉の奥に消える。

マリアベルは無言で、俺の側に来た。
「おぬしの手は、無力じゃない」
マリアベルは、優しい顔で俺をみていた。

「ほら、そんなに泣くでない。男じゃろうが」
爪が刺さるほど握り締めていた手を開いてくれる。
そのまま彼女は、俺の土にまみれた手を、
自分の手のひらに包んだ。
「思い出せ…
おぬしの手は、いろんなものを掴んできたじゃろ?」

「リーズのバイオリンコンクールで、
とっさの機転で紙飛行機を折ったこと。
ビオレッタを誘拐犯から無事に逃がしたこと。
…すべて、おぬしの手がなしたことじゃ」
な?と、マリアベルは視線を合わせて微笑んだ。

「『置いていかれる』のが辛いのは分かる。
でも、自分を否定してやるな…」
半分己に言い聞かせるような口調のマリアベルを見上げ、
俺はまたまぶたが熱くなるのを感じた。
だけど、今度の涙はさっきとは違う。
…ホントは、気がついてたんだ。
動機はどうでも、飛行機を造る夢は、
捨てようがないほど俺の心に根を下ろしてるって。

「うん。俺は…誰かのためじゃなく、
自分のために、自分の夢を叶えるために、空を飛ぶよ」
「その意気じゃ」
すみれの香水の匂いがするハンカチを差し出しながら、
マリアベルはきれいに微笑んでくれた。

「今度はさ、簡単なモーターを、
クラフトに取り付けてみようと思うんだ」
転送装置に足をつっこみながら、俺は言った。
「ふむ。それは面白そうじゃな」
立ち上る光のカーテンの向こうで、
腕を組んだマリアベルが微笑む。

「それじゃあ、また明日」
「待っておるぞ」
同時に、装置が作動する。
町についても、すみれの香りはまだ、
装置の中に仄かに漂っていた。

珍しく、蒸し暑い日だった。
「もう夏だなあ」
ばあちゃんみたいに当たり前のことを呟き、
半袖のシャツの襟元を広げながら外に出る。
井戸水をじょうろに汲み、
心なしか萎れぎみのヤナギランにやっていると、後ろで軽い金属音がした。

「ジャック!」
花柄のワンピースを来たビオレッタが、
自転車から手を振っていた。
「ビオレッタ!どうしたんだ?」
「あのね、今夜あたしのうちで、パーティがあるの。
姉さんの誕生日パーティなんだけど、
こないだのお礼って意味でも、来て欲しいのよ」
首を傾げる彼女に、俺はじょうろを上げてみせる。

「うまい飯があるんだろ?行かせてもらうぜ〜。
リーズとマリアベルも誘っていいか?」
「もちろん。こっちから、お願いしたいくらいだわ」
ビオレッタは笑い、短い別れの挨拶を告げ、
坂道にむかっていった。
…やっぱ、面と向かっては誘いづらいもんなのかね。
オトメゴコロってやつなのかなあ。

って、妙な感慨にじっくりふけってる暇はない。
清く貧しいために(悲しい話です)、
ロクな服を持ってない俺は、
マリアベルにお洋服借りないといけないだろうし、
俺はじょうろを放り投げ、
ふたりにパーティのことを知らせるべく走り出した。

「ふむ、たまにはドレスの虫干しもいいの」
髪をお団子に結い(尖った耳を隠しとくためらしい)、
シンプルな形の青い袖なしドレスを着たマリアベルは、
赤ワインを片手に優雅に言った。

「良かったな。俺はアレだけどさ…」
絶対遠慮したかった『蝶ネクタイに半ズボン』の俺は、
スモークサーモンのせライ麦クラッカーを、
音を立てて噛み砕いた。
「そんなにふくれるな。よく似合っておるぞ☆」
「…似合ってない、っていわれた方が嬉しいぜ」
「ジャック、そんなにイヤなのかい?」

「だって、リーズは普通のタキシードじゃん…」
「そうは言うけど、僕が半ズボンなんてはいたらさ、
似合い過ぎて気色悪いだろ?」
「…それは一理あるかもしれないけど…」
「ふたりとも、ププカの挨拶が始まるようじゃぞ」
「招いてくれたんだし、一応ちゃんと聞こうかな」
「リーズは偉いねえ」
だるだるな口調で返しつつ、俺も一応、
しつらえられた段の方に体を向ける。

ププカは巨体を揺すりながら壇に上がり、
咳払いを一つした。
外見を裏切らないだみ声が響く。
「えー。皆さん。
今晩は我が娘のためにお集まりいただき、
非常に光栄であります。
賑やかに楽しく過ごして下さい。
それが、彼女が大人になった時『楽しい誕生日』
の思い出となり、優しい気持ちになる種となるのです」

…へー、結構いいこと言うじゃないか。
「長話も野暮ですな、皆さんごいっしょに、乾杯!」
賑やかに唱和の声が上がる。
気持ちのいい乾いた音が、そこここに響いた。

「来てくれたのね!」
ゆるやかにカールさせ、花を差した髪を揺らして、
ビオレッタは俺たちの元にやってきた。
「うむ。ご招待、ありがたく受けさせて頂いた」
古風な礼に、ビオレッタは目を丸くする。

「ええ、あの…楽しんでいかれて頂きたいわ」
つられたのか妙な言葉づかいをするビオレッタに、
俺たちが思わず笑ってしまうと、
「な、何よっ!」
照れ隠しからか、ビオレッタは強い視線を投げる。

リーズはそれを柔らかくいなした。
「ゴメンゴメン。
お詫びにさ、一緒にバイオリン弾くから許してよ」
「え?えっえっ?」
「ピアノ出してあるよね?
それでも、僕と一緒に演奏するなんて嫌かな?」

「そ、そんなことないけど…、いいの?」
真っ赤になった彼女に、リーズは優しく微笑んだ。
「もちろん。君のピアノ、好きだからね」
「あ、あ…ありがと」
ビオレッタは小さな声でそれだけ言うと、
花が開くようにキレイに笑った。
あ、アツイぜ…
俺とマリアベルは目配せしあって、
テラスで熱を冷ますことにした。

「あーあ。リーズの奴、タラシの素質あるよな〜」
手すりに頬杖をつきながらぼやくと、
マリアベルはドレスの裾を翻して振り向いた。
白い顔の上に、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。

「そんなに妬くな。
お前さんにも、そのうちいい娘が出来る」
「別に、そういうんじゃねーよ…」
さすがに、自分より先に、
リーズが大人になってしまったようで淋しいんだ、
とは言えなかった。

「…そんなに急いで、オトナになることもないじゃろう?」
「……ッ!」
はっとして彼女の方を向くと、
マリアベルは不思議な色を湛えた瞳で俺を見ていた。
「…ごめん」
「いいのじゃ。置いていかれることには慣れておる」
強がりながらも寂しそうなマリアベルがせつなくて、
俺は小さな影の方に歩いた。

リーズたちのソナタが、窓の内側から流れ出す。
「なあ、思い出さないか?」
「ああ、わらわがゆっくりテラスで月を見ていたら、
おぬしが闖入してきおった時と、よく似ておる」
「そうそう、だいぶ前みたいな気がするけど、
アレからまだ、一年経ってないんだよな」
「その間にいろんなことがあったからのう…」
マリアベルは目を細め、空を見上げた。

「なんだかいい匂いがするのう」
「黒百合の花だ。もうそんな季節なんだなぁ」
「華やかな香りじゃの。……ん?」
マリアベルは結った髪に触れながら、振り向いた。
「なんだよ」
「ジャック、あれを見るがいい」
空を仰いだ俺の目に、
昨日までは確かに存在していなかった光り輝く星が映る。
「…新しい星が、生まれたのか?」

「いや。あれは、星が死にゆく姿じゃ…」
「死に際が一番キレイなんて、哀しいな」
「でも、その中から新しい星も生まれるんじゃぞ」
「ふうん…ロマンチックだね」
むせ返るような花の匂いに包まれて、
俺たちはただ青白い月を見上げていた。

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