宝物

□たとえば楽しい恋について
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「どうせするなら楽しい恋がいいですよね」

絶対に誰もが幸せな結末にたどり着いて終わる恋。
皆が笑顔になれる恋。
花束を贈られるような祝福を受ける恋。
まだ訪れぬそんな恋に思いをはせていると、前方からくつくつと小馬鹿にするような笑い声が返ってきた。

「…何笑ってんですか」

むかっときて精一杯の鋭い視線を投げつけてやるが、失敗して変な顔になってしまっていたらしく、余計に低い笑い声が大きくなった。
もはや忍び笑いでも何でもない。堂々とした嘲り笑いだ。

「だからお前はガキなんだ。恋って奴ァ、そううまくいかねェから燃え上がんだろォが」

笑いを含んだ声がそう諭すように言うが、私にはまったく納得できない。
どうせならとんとん拍子にうまく進んでくれた方がありがたいじゃないか。
波乱万丈だなんてそんな面倒なのはいやだ。
するなら絶対に楽しい恋。それ以外は断固拒否する。
ていうか、高杉先生がそういうことを言うと何か妙にエロい響きだな。

「私は幸せになれなきゃいやですもん」

んべ、と舌を突き出してみせると、ぱこんと爽快な音を立てて頭をクリアファイルではたかれた。
地味に痛いなコノヤロー。

「なんで叩くんですか!」

お返しにと何か投げつけてやれるもの(ダメージのでかそうなもの)を探したが、あいにく腰かけているのが保健室のベッドの上じゃあ何もない。
…ちっ、枕でもいいか。
そろりと真っ白な枕に手を伸ばすが、
「ふざけた真似してみろ。はっ倒すぞ」
と地を這うような低音が送りつけられたために、あえなく断念した。
自分だけ危害を加えといて反撃は許さないなんて、ずいぶんとご立派なジャイアニズムをお持ちなようで。
はあ、とこれ見よがしにため息をついてやってベッドに寝転がった。

「どっかに落ちてないかなぁ…」

私だって青春真っ盛りのお年頃なのだ。
楽しい恋の一つくらいしたい。
ベッドの上でシーツをぐちゃぐちゃに乱しながら手足をジタバタさせているとふいに、ふ、と影が落ちてきた。
見上げると、心底呆れたような顔つきの高杉先生と目が合う。
何だその顔。私の憧れ像を馬鹿にしてんじゃねーよ。
エロ杉、片目、ニコチン。
何でもいいから罵ってやろうとスウッと息を吸い込んだが、それより先に高杉先生が口を開いた。

「要するに、終わりよければすべてよしってことだろ?」

てっきりまた罵詈雑言を浴びせかけられるかと思いきや、降ってきた言葉が予想外に柔らかい声音であったために一瞬対応が遅れてしまう。
すると、固まった私の上方で眼帯男はシニカルな笑みを見せてくれた。

「困難を乗り越えて教師とハッピーエンド、なんざいかにもお誂え向きじゃねェか」

なァ?と畳みかけてくる高杉先生の手が私の頬をスルリとひと撫でし、煙草の苦さが鼻先で香る。
…え、ちょ。
何、どういう意味ですかそれ。
しかしそれが言葉になる前に、私の疑問は唇ごと高杉先生にとらえられていた。

…あれ、楽しい恋って何だっけ。














たとえば楽しい
について

(つーかよォ、お前はどうして保健室なんぞで恋愛相談おっ始めてんだ)
(……)
(オイ、返事しろや)
(…私のファーストチュウが…)
(ほォ?そりゃ貴重なモンを、ごちそーさん)




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