SS置き場

□あと一つの勇気
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「あと一つの勇気2」


突然の出来事に驚く夏目。

不意打ちに伝わった
名取の温かさに驚き、
思わず身を固くしてしまう。


その緊張が名取に伝わったのか
「すまない…。」と言って
苦笑しながら夏目から離れる。



温もりが失われて行く身体。



「あ、いえ、ごめんなさい。」

咄嗟に謝る夏目。

名取の優しさを踏みにじったようで
自己嫌悪に陥ってしまう。


(嫌じゃなかったんだけど…。)



抱き締められるという行為に
慣れていない夏目。

彼の境遇を思えば仕方ない。

名取もそれを理解している。 

「いいや、いいんだ、
 君は悪くない…。」
と感情を悟られないように
薄く笑ってその場を離れる名取。

「お茶でも淹れてくるから
 少し待っててくれ。」

そう言って部屋を出て行く
彼の背中が何故かとても寂しげで、
意味も分からず、切なくなった。






俺が意識を手放してから、
名取さんは裏稼業の為の
仕事場に運んでくれたらしい。

確かによく見れば一度来た部屋だ。

いつまでも帰らない夏目を
藤原夫妻が心配しないように
電話も掛けてくれたとのこと。

本当に名取さんには
なんてお礼を言ったらいいのか…。

先ほど淹れて貰ったお茶が
疲れた身体に染み渡る。

ベッドに背を預け、
身体の力を抜くと
ようやくほっと出来た気がした。

隣には椅子に腰掛けた名取が
その様子を見ている。

優しく笑う名取だが
時々物憂げな表情が見えて
夏目はどきりとしてしまう。

いつもと違う様子に
どうしたのかと
心配になってしまう夏目。

だけど踏み込んでいいものか逡巡し
口を噤んでしまった。

「夏目、本当に気をつけなくては
 ならないよ。君はあやかしにとって
 最高のご馳走なんだからね。」

「本当にそうなんですけど…。
 でもなかなか難しいです。
 すみません…。」

項垂れて告げると
肩をポンと叩かれる。

「夏目が謝ることではないよ。
 君のことが心配なんだ。
 君は私にとって大切な存在だからね。
 誰よりも一番大事なんだ。」

その言葉に弾かれたように
顔を上げる夏目。

目の前には真摯な瞳を
湛えた名取がいる。

琥珀色の瞳が夏目を
絡みとって離さない。

名取の真剣な眼差しと
言葉に胸が詰まった夏目は
不意に目頭が熱くなった。

そして零れ落ちる透明な雫。

(名取さんの前では
 つい泣いてしまう。)

咄嗟に取り繕うように
下を向いた夏目の
頬に右手を添えて
そっと上げさせる。

親指の腹で優しく涙を拭う名取。

切なくて苦しくて温かくて――。

涙を堰き止めることが出来ずに
ポロポロと零れ落ちて、
名取の手を濡らした。

名取はまた腕を伸ばして
抱き締めたい衝動に駆られてしまう。

言葉だけでは足りないこともある。


しかし――


だがまた拒絶されたらどうしよう。

傷つけてしまったらどうしよう。

普段の名取からは
想像も出来ないほど
臆病な心が出てくる。


それほど大切な存在。


躊躇う心は伸ばした腕の行き先を
失わせてしまう。




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