SS置き場
□あと一つの勇気
1ページ/2ページ
「夏目、共に行かないか?」
しなやかで逞しい腕が目の前に
差し出された。
その手を掴んでしまったら
後戻り出来ない気がする。
俺は―――。
「あと一つの勇気1」
「夏目!大丈夫かい?!」
ぼんやりと、月明かりが
照らし出した世界に
聞き覚えのある声。
今日もあやかしに
追いかけられてこのざま。
崖から足を踏み外して落ち、動けない。
先生も今日はいないなんて…。
「夏目、聞こえてるのか?!」
切羽詰った声がどんどん近づいてくる。
意識が半ば無い夏目は、朦朧とした頭で
声の主を辛うじて認識する。
(…名取さん、来てくれたんだ…。)
一気に安堵し、疲労感が襲う。
そのまま意識を手放し、眠りに落ちた。
*
温かい手が髪や頬を撫でる感触が
くすぐったくて心地良い。
まどろみから徐々に覚醒して行く世界。
ゆっくりと瞼を開けるとそこには
安堵した表情の名取がいた。
「…名取さ、ん?」
名前を呼べば盛大に
大きな息を吐かれる。
「夏目、本当に心配したよ。
でも良かった。
意識が戻って…。」
「本当に良かった…。」
と再び呟き泣きそうな顔で
夏目の髪を何度も撫でた。
そんな名取を見て夏目は、
不謹慎ながらも
つい嬉しいと思ってしまう。
心配してくれる人がいることの喜び。
昔の自分にはいなかった存在。
「すみません、心配掛けて…。
でも、ありがとうございます。」
ふわりと綺麗に
微笑んで告げる夏目に
名取は思わず華奢な身体を
強く抱き締めた。
NEXT