かのこ本

□酒は飲んでも飲まれるな
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「酒は飲んでも飲まれるな:後編」




「椿君どうしたの?!
 水入れるって言ったのに!!」


あの後、引きずるようにして
自分が住んでいるアパートに連れて来たかのこ。

離れない椿をなんとか引き剥がし
水を入れに行こうとした時に
勢いよく腰に抱きつかれ
そのまま盛大に引き倒された。


ぎゃっ、と色気のない声を上げて
驚くかのこを余所に覆い被さって来る椿。


かのこの小さい身体なんて
すっぽり覆える程の良い体格を持つ椿。

仰向けに転がされ、逃げないように
かのこの両手を掴み、膝を割って組み敷く椿。

酔っ払っているのか、いないのか・・・。

だが目元は赤く潤み、何だかとても色っぽい。


やっぱり酔っ払いか・・・。


この体勢よりもそんな表情を向けられて
困り果てるかのこだった。


「ちょっと!聞いてる?!
 椿君今日変だよ?!
 どしたのさ?!って聞いてる?!」


必死に訴えるかのこにようやく言葉を返す。


「さっきから煩い。
 ちゃんと聞いてるっての。
 ていうか俺の言葉や態度に
 気付いていないお前が悪い!」


ちょっと怒った顔を向ける椿に
かのこの頭の中は疑問符が出た。

酔っ払って、迷惑掛けられてるのは
私なんですけど?!


「っていうか何で私が悪いのさ?!
 この酔っ払い、椿く・・・ンッ。」


最後まで言おうとしても
続かなかったのは
言葉を遮るものの存在が
あったからだ。

それが何か分かるまで
暫く時間を要する。

だがそれが分かった途端
全身が炎に包まれたように
熱くなってしまった。




き、き、きすーーーー??!

いや、キスですかーーーー?!

なんでやねーんっ!!

何の間違いですか?!





あわあわと頭の中が
混乱して仕方が無い。


じたばたと、もがいて
逃れようとするも離してはくれず、
更に強く捉えられて逃げ場がない。

押し当てられた唇から
伝わる凄まじい熱に、
お酒が残る身体は眩暈がした。

そしてようやく離された唇。


「なん・・・で・・?!」


息も絶え絶えなかのこが言った言葉に
青筋を立てる勢いで怒り出す椿。

その激情のまま一気に想いの丈をぶちまけた。



「いい加減気付けよこの鈍感女!!!
 言うにこと欠いてそれか?!
 有り得ない!!!!
 俺が――
 俺がどんな想いでお前の傍にいたのか
 本当にいい加減気付かないとこのまま襲うぞ。」


獲物を狙う眼差しで
とんでもないことを言う椿に
かのこの背筋が寒くなってしまう。


(何かめちゃめちゃ機嫌が悪い!!
 触らぬ神に崇り無しだけど
 逃げられないよっ!!!!
 何で?!怖いよ椿君っ!)


涙目になって本気で
怯えるかのこの姿に
若干傷ついてしまう椿だが
もうこの際どうでもいい。


というか長すぎた・・・。


片思い歴6年目もとうに
過ぎている椿には最早、撤退と言う
二文字は頭に無かった。


今までの押しの弱い自分の
意外なヘタレ振りに
嫌気が差していた椿。


今日こそは決める!


酔いも手伝って大胆な行動に出た椿だった。





*





これは呪詛だろうか・・・?

抱き締められたまま耳元で
延々と聞かされる内容に
いい加減疲れてきた。



「――本当は部活とか
 面倒だったのに入ったのも、
 お前がいたからだし。
 どうでもいいイベントや行事にも出たのは
 全部お前といたかったからだ。
 どうでもいいような悪巧みに
 協力したり、相談に乗ったり・・・。
 なんて甲斐甲斐しいんだ俺。

 ああそれなのにお前は
 全然俺の気持ちには気付かないし
 花井のことばっか言ってるし
 むやみやたらにやじるし振りまくし
 有り得ない!!何でだ?!
 嫌がらせか?!俺の心を弄ぶ悪女か?!
 なあどうなんだ?!」


突然振られて呆気に取られる。


しかも弄ぶとか悪女とか
人聞きの悪いことを!!!



「そんな訳ないじゃん!!
 ていうか私にそんなこと言う人
 椿君だけだよ!?
 酔っ払いもここまで来ると
 始末に終えないよ!!
 いい加減離して!!」



逃れたくても肩から抱きこまれ
胸に顔を埋める体勢ではやはり無理だ。


「離してなんてやらねえ!
 お前が俺のことを
 好きだというまでは・・・。」


とんでもないことを言われ
目を見開いて凄まじく驚く。


(私が椿君を好きって・・・?!)
 



「どえええ!?何言ってんの?!」



動揺が見て取れるほどの衝撃を
かのこに与えられた椿は少しだけ
溜飲が下がったようで、
柔らかな口調に変わった。


「ああ、そうだ。
 いい加減自分の気持ちに気付けよ!
 蓋するなよ!!
 俺はお前が好きだ。
 苗床お前は・・・?」


顎に手を当てて上を向かせ
答えを促す椿。

憂いがあって艶っぽい表情は
誰が見てもイチコロに
落とされてしまうほどのもの。

普段見慣れているかのこでさえも
ボンッといい音がしそうなほどに
顔を赤く染めた。

そんなかのこを追い詰める椿。


「なあ、苗床。
 早く答えてくれ。
 どうでもいい相手に
 顔を赤く染めたりするのか??」


口をパクパクさせ
酸欠の魚のようなかのこ。



「・・・100パーないって
 言ったのは椿君でしょ?!」


ようやく出された言葉に
椿は目を丸くする。
 

「・・どんだけ前の話を・・・。」


「しかも顔の悪い女とは
 話すらしたくないって
 言ったのはそっちでしょ?!
 椿君のバカッ!!」


何年も前の話をするかのこ。

というか俺ってそんなこと言ってたっけ??


「・・・悪い・・・・。
 ていうか俺が言ったことを
 そんなに気にしてたんだな
 ・・・可愛い奴。」


嫌味無く言われた言葉に
かのこの意識は飛びそうになる。


「〜〜〜っ!!!
 と・に・か・く!!
 私ばっかり悪いように
 言わないでよねっ!!
 椿君も大概なんだから!!!」



必死に照れを隠すかのこが
可愛くて仕方が無い椿。

頭を撫でて口付けを落とした。


「何すんの?!
 もーーいい加減にして!
 寝たいのっ!明日も学校じゃんか?!」



「だったら早く俺のことを好きって言え。」



「はあーーーーーー?!
 何言ってんの?!
 全然関係ないじゃんか?!」
      


「だったら朝までこのままでいいのか?」


「それも良くない!だけどさ・・・・。
 はぁ、脅して言わせるなんて最低・・・。」


「何とでも言えよ。
 だけど今日は引き下がらねえ。」



決意の固い瞳に気圧されてしまうかのこ。

そりゃ好きか嫌いか聞かれたら
好きなんだと思う。

そうじゃなきゃ
この数年間一緒にはいない。

これからも一緒に居たいかと言えば
答えはイエスだ。

だけどさ・・・これが恋人ってなると・・・
恋愛となると話は別だ・・・。


「あの、答えは保留でいいですか・・・?」


視線を逸らし小さく呟くかのこ。
そんな彼女の答えに口の端を吊り上げ
嫌な笑みを浮かべた椿がいた。


「ほーお?まだそう言うのか・・。
 だったらこっちも考えがある。」


言うや否や飛び起き、
かのこを横抱きにして
隣の寝室に連れて行った。

そして敷いてあった布団に転がし
かのこの衣服に手を掛ける。

スカートの隙間から手を入れ
細い太ももを撫でた。

その感触に粟立つ肌。


「ひゃっ!!!
 ちょっと止めれーーー!!」


慌てるかのこに底意地の悪い顔を
寄せて詰め寄る椿。



ええーーい、もういい!!!

やけくそとはこのことだろうか?

このあまりにデンジャラスな
椿の変貌振りが収まるならこの際仕方ない。


切腹前の武士のように決意を固めて
自分を奮い立たせる。


人生で最も緊張し、最も神経を使って
辛うじて搾り出す声。


「〜〜〜〜ッ、
 椿君が好き!
 もういいでしょ?!
 これで気が済んだ?!」

一気に言って息をつく。


掛かってくるなら
来やがれってんだ!!と
挑むような目を向ければ
顔を覆って何かに必死に耐える椿がいた。


「ちょっと、人が一生懸命
 言ってるのになんてこったい!!」

怒って言うと「違うんだ。」
とぼそりと返される。


「違うってどゆこと?」


怪訝な眼差しで椿を見やると
心底嬉しそうな表情の椿が見えた。


「今俺むちゃくちゃ緩い顔
 してると思うから気にするな・・・。」


「・・・・そう。
 ていうか無理矢理言わせといて
 そんなに私が好きなの?!」


からかうように言うと
「ああ。」と即答される。


この人は本当に・・・。


怒ることも何だかバカらしくなって
かのこも笑ってしまった。


「もう疲れた・・・。
 とりあえず寝よう椿君。」


こくりと頷いて急に大人しくなった椿。


そう言うかのこを抱き締めて
二人寄り添うように眠りに付いた。




*





柔らかな感触と甘い香り。

まどろみの世界から目が覚めて
自分の状況に気付き、声も出ない・・・。

隣には好きで堪らない存在がいるのはいいが



何で彼女を抱き締めているのか

何で衣服が乱れているのか



・・・・思い出せない。


二日酔いの頭に凄まじい衝撃。


悪酔いしたことは覚えている。

あまりに鈍いこいつと
不甲斐ない自分に腹を立てていたことも。


だけどどうしてこんなことに?!


呆然としている椿を余所に
呑気な声が掛かる。


「おはよう椿君。
 先に起きてたの??
 昨日はすごかったのに・・・。」

困ったように笑うかのこに
戸惑いを隠せない椿。

(昨日?すごい?!)

俺、何をーーーーー?!

だけどちゃんと服は着ているし
大丈夫だよな?!
って何が大丈夫なんだ!


何も言わない椿にかのこの表情は
だんだん険しくなってくる。


その変わり様に背筋が寒くなった。


俺なんかしたのか?!

好き過ぎて何かしたのか?!



「椿君もしかして何も覚えてないの?」



静かに問われ一瞬固まるも、嘘は言えない。

というか見抜かれる。

仕方なく意を決して小さく頷いた。


その途端、痛烈な右ストレートが椿に命中した。


「この人でなし!!!
 人に恥ずかしいことっ無理矢理・・・!!
 しかも覚えてないですって?!」


怒り心頭の彼女に
何と声を掛ければいいのか。


恥ずかしい?!無理矢理?!


もうなんと言えばいいのか・・。


ただ謝るしかない椿。


「・・・すまない・・。」


「はあ?!信じられないっ!
 もう口利かない!!!
 早く帰って一人で学校行けば?!」


涙目になってピシャリと本気で言われ
心底へこんでしまう。


酒は飲んでも飲まれるなとは
このことなんだろうか・・・?


身を以って体験してもうこりごりだと
肩を落とした椿だった。



END




後日

「椿どうだった?!
 上手くいったのか?!」

痛烈な右ストレートが夏草を命中。

「何で殴るんだよ?!
 椿ひでーよっ!!」

「ふん、うるさい。」

理不尽な椿に殴られた夏草君南無w



ENDw
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