かのこ本

□It's too late for regrets
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「It's too late for regrets.」後編




「何でこんなことになってんだっ!!!!」

隣にいる”恋人”に苛立ちの声を掛ける。

「椿君が私の大切な親友に
 やつ当たりした罰だよ
 これに懲りたらかのちゃんに
 きついことを言わないで。」

険悪なムード漂う二人とは対照的に
周りは夏のお祭りモードで
浮かれっぱなしだ。




この宝校夏祭りの最大のイベントと言えば、
一番素敵な恋人達を決める
「ベストカップル大会」と言っても
過言ではないだろう。


グラウンドの真ん中に舞台が設置され
周りを取り囲むように人が溢れている。

全校生徒だけではない、
近隣の他校生も集まっての
大盛況ぶりだ。

宝校生ではなくとも参加出来るとあって
毎年ノリの良いお祭り大好きな人々が
出場してはしゃぐ、くだらないと
言えばくだらない大会である。


だが優勝商品がなかなか良いものなので
意外と競争が激しい。


今年も我こそがベストカップルだ!という
者たちが20組参加している。

このくだらない大会を最初に考えたのは
あの憎き放送部らしい。

超進学校とは思えない内容だが
先生たちも何故かノリノリで
困った大人達だとつくづく思う。



そんなくだらない大会に
無理矢理出場させられた二人。



午前の部が終わると、
一番会いたくない面倒な奴が現れた。

しかも周りのいらない手伝いもあって
逃げる間もなくここまで連れて
来られてしまった二人。



普段の自分なら難なく
かわしていただろうに・・・。

頭痛がしてきそうだ・・・。


所在無く、最後の組として
舞台の端にいる二人の姿に目を向けると、
にやりと笑って椿に近づく。



「いやあ、お似合いだね椿君。
 どうだい気分は?」

耳元でそっと囁く悪の元凶を睨みつける椿。


「おおっと、そんな顔していいのかな〜?
 君の大切なものを守りたいなら
 放送部の俺に大人しく従ったほうが
 得策だと思うが?」

ふっと厭味ったらしく笑われ、
殴りたい心境になる椿。



城蘭、こいつ!!

この前の仕返しだなっ!!!



放送部に入らなかった俺に対する
嫌がらせ。

苗床に俺の気持ちをバラすと言われても
動じなかったことで、
別のアプローチを考えたようだ。

それは、好きでもない奴と恋人だと
周りに勘違いさせること。

そして、苗床に俺の気持ちを
気付かせないようにする、
いわゆる刷り込みを、苗床はもちろん
全校生徒、いや,近隣全体にさせる
目論見のようだ。


何てことだ・・・。


というかここまでするか?!

どんだけ執念深い男なんだよ!

人の気持ちを弄ぶをことを愉しむなんて
とんだサディストの変態野郎だ!!!

しかもこの盛り上がりで放送部の
更なる発展を手助けしている
なんて最悪だ!!!


本気で有り得ない。


この眼鏡割ってやりたい。


このまま思惑通りに行くとは思うなよ。



拳を思わず握った椿に掛かる
無駄に明るい声に吐き気がした。


「皆様大変お待たせ致しました!!
 最後の組をご紹介致します!
 我が宝ノ谷高校一番のイケメン
 一年G組の椿初流君です!!!」


放送部の司会進行役の男子が
一際声を張り上げて
椿を紹介した途端女子から
大歓声が上がる。


きゃーー!!!!と
黄色い悲鳴があちこちで上がり
彼の凄まじい人気振りがよく分かる。


その歓声に気を良くしたMCは
満面の笑みで隣にいる桃香も紹介した。


「そして聖マリーベル女学院の美少女
 花井桃香さんですっ!!
 いやー可愛いねーーw羨ましいねー。
 おほん!つい心の声がっ!!」


桃香が紹介されれば男子からも
歓声が上がる。



本当に傍から見れば
お似合い過ぎるカップルだ。


ここまで来ると最早やっかむことさえ
無駄であり、出来ないことだと
思ってしまう。


それくらい納得出来る二人。


唯一その場にいた一名を除いては
皆同じ心境だった。

(あーーー椿様どうして!?
 苗床さんがいるのにっ!!!)

人知れず夢見はハンカチで涙を拭った。










くだらない質問を始めてきたMCに
苛々が募る椿。

いい加減どうにかしないと・・・

順番を待つ間も、かのこの驚いたような、
悲しそうな顔がフラッシュバックしてきて
椿はたまらなかった。

早く謝りに行きたいのに。

今日はゆっくり二人で楽しみたかった。

まあ花井がいる限り難しいだろうが・・・。

だが、それさえもくだらない嫉妬で
台無しにしたのは自分。

しかも女子の花井相手に・・・。

普段反省することがない椿でも
今日の出来事はさすがに堪えた。


確かにそのうち愛想を尽かされるかも・・・。

桃香からの言葉を思い出し
柄にも無く胸が痛くなった。

そんな思考を遮る呑気な声が耳に入る。


くそっ!!


もうこんな茶番劇終わらせてやる。


椿は沈黙を破り、口を開こうとした。


「えーお二人に質問なんですが
 出会いとか――
「いい加減にして下さい。」


意気揚々と差し出されたマイクを
さっとかわして、遮られた言葉に
固まるMCの男子。

椿自身も驚いてしまう。

今まさに言おうとした言葉だったからだ。

しかも思いがけない人物からの
予想外の発言。

思わず隣にいる人物を見つめた。

「えーーえっと。
 急にどうされましたっ?!
 楽しんで頂けてないのでしょうか?!」

必死に取り繕うとするMCに
桃香は怒った表情を向ける。


そして――

「私の大切な友人をこれ以上一人には
 出来ないので辞退させてもらいます。」


すっと一言だけ言うや否や
さっさと壇上から降りて椿を残し
一人背を向けて歩いて行ってしまった。

マイクに声が拾われていないので
周りは何事かさっぱり分からない。

ざわめき戸惑う周囲と同様に
椿もあっけに取られてしまう。

そして我に返りふと気付く。

桃香の強さに驚きを隠せない自分がいた。

さすが苗床の親友だな・・・。

それに引き換え自分は何て
情けない男なんだろう。

苗床が夢中になるだけのことはある。

その考えに行き着き苦笑する。

突然の自体に困り果てるMCの肩を
ポンポンと叩き、椿も桃香の後を追う。

壇上から降りる途中で、
階段の脇に佇んでいる城蘭に
椿はただ冷たい眼差しを
向けて通り過ぎた。

それに全く動じず、
肩を竦ませただけで
何も椿には声をかけなかった。


「また予想外だなー。
 食えない者達だ・・・。」


眼鏡をくいっと上げ
人の悪そうな笑みを
去りゆく背中に投げかけた。








二人しかいない中庭のベンチで
何をするわけでもなく
ただ空を眺めている。


「夏草君何か悪いね、
 一緒にいてもらって。」

「気にすんなよ!!
 苗床らしくないっての。
 俺たち友達だろ。
 お前を一人に出来ねえよ・・・。」

「・・・・ありがと・・・。」

“友達”という言葉に思わず反応し
泣けてきそうになった。

今まで一人でも何とも無かった自分。

なのに一度手に入れてしまえば
こんなに切ない存在。

弱くなったもんだ。  




結局どんなイベントかは
かのこの口からは到底言えなかった。
 
桃香のことを一途に好きな夏草に
言えるはずもなく
かのこは口をあえて閉ざしたのだ。

夏草も察したのか言
及しないでいてくれたので
かのこは助かった、と心の中で呟く。




「あーーなんかこのままばっくれるか?
 苗床。」

「へ?」

「だってここで店番してても
 誰もいないしさ・・・。
 しかも花井も椿もいないし・・・
 意味がねえよな。」

夏草は明るく笑って立ち上がると
座ったままのかのこの腕を掴み、立たせた。

「ゲーセンでもいくか?
 苗床はどこに行きたい??
 俺付いてくから!」

元気付けようとしてくれる
夏草の優しさに
自然と笑みがこぼれた。

その表情を見た夏草はほっとして
思わずかのこの頭をポンと撫でる。

そんな夏草の無邪気な優しさが嬉しい。

かのこそう思った。




「かのちゃん!!!」

一番聞きたい声で呼ばれた名前に
かのこは驚きの目を向けた。

そのまま駆け寄って
かのこを抱き締める桃香。

「桃ちゃん、どして?
 イベントは??」

放心状態のかのこに
優しく背中を撫でて離れ
両手で肩を掴んだ。

「かのちゃんと一緒にいたいから
 イベント抜けて来たよ・・・。
 本当は早く来たかったのに。
 かのちゃんごめんね!!!」

涙を浮かべた桃香につられ、
かのこも思わず堰きとめていた思いが
溢れて頬を濡らす。

そんなかのこに夏草は
持っていたハンカチで涙を拭ってやる。



その様子を、まるで蚊帳の外から
眺めているかのごとく、
立ち入ることが出来ない椿がいた。



何だこれ・・・。



花井はもちろん夏草でさえもかのこの
心に近いではないか・・・。

だがここで立ち尽くしている場合ではない。

俺から謝るって決めているのに・・・。

どんな時よりも
臆病になってしまう自分がいる。

なんてらしくないんだ。

ようやく三人の傍まで歩みを進め、
声を掛けた。



「・・・・苗床・・その、俺が・・
「ごめんね椿君・・・。」


申し訳なさそうな顔をしたかのこは
椿が言おうとした言葉を呟く。

先に言う筈だった言葉を奪われ
一瞬戸惑ってしまう椿。


「・・・いや、俺が悪いんだ。 
 きついこと言って・・。」


「ううん、何か色々ごめんね?
 これから気を付けるから・・・。」


神妙な面持ちで言うかのこに
違和感を感じる。


誰かに何かを言われた?

ふとそんな考えが過ぎる。

「かのちゃんは悪くないよ!!
 だから気にしちゃダメだよ!!!」

「そうだぜ、何か分からないけど
 苗床気にするなよ!!!」


必死に言う桃香と夏草に
微かに笑って見せると
小さく頷くかのこ。

違和感どころではない、
確信だと悟った椿。

自分が知らない間に
何があったのだろうか?

というか苗床は強いと
勝手に思っていただけで
本当はとても繊細なのではないか・・・。

人の機微が分かる彼女は
誰よりも傷つき易いのかもしれない。
 
今更ながら気付いてしまった
椿は凄まじく後悔してしまう。

このままでは彼女の心を
手に入れることが出来るのだろうか?

今まで感じたことのない焦りが募る。



“そのうち愛想尽かされるかも”



あの時の心の声が甦る。


本当に後悔先に立たずとはこのことだ・・・。

これからどうやって挽回すればいいのか。


上手く頭が回らず軽い眩暈がする。


それを振り払う為にふと上を見上げると
ムカつくぐらい爽やかな青空。


それに打ちのめされた椿は
本日最大の溜息を吐いてしまった。




 
END


スライディング土下座な捧げもの。
うふww
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