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□「発端」〜calling
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「発端」〜calling


1.


―――十年前



春雷が空を切り裂く。

叩きつける雨。

吹き付ける風。

薄桃色の花弁が
雨に打たれて
泣いていた。

空もそれに呼応するかのごとく。

時々遠くで稲妻が走り
大地を揺るがす。

泣いているのか、
怒りに震えているのか。


荒れ狂う空はまるで
“彼”の心を映しているように感じた。


山道の、足場が悪すぎる
泥濘の道なき道を駆ける。

まとわり付く袴の所為で
上手く走れない。


「はぁ…はぁ…っ!!」


あまりに視界が悪すぎる。


「…っどこに、いる?!」


薄暗く鬱蒼と茂った
木々の合間に目凝らす。

だが、どんなに辺りを
見回しても探し人はいない。

阿鼻叫喚のうねりが
麓から押し寄せ
全てを覆いつくそうと
しているような
感覚に満ちている。


(何で側にいなかった?!ボクが、ボクがっ!)


唇を噛み締めることしか
出来ないなんて。

時間がない。

誰よりも早く見つけ出さないと。

せめて彼だけは助けたい。

それが人の立場として
許されなくても…。

焦りだけが募る。

ずぶ濡れで凍えそうな
身体を何とか叱咤し
走って、走って行き着いた先は
切りたった崖の上。



!!




幽かに見えるのは探し人の姿。

一気に距離を縮め、
あと数メートルのところで
立ち止まった。

背を向け、雨に打たれながらも
空を見ている存在。

美しかった銀糸の髪は
血に濡れ、赤く染まった身体。

恐ろしいほどの妖気。



“鬼”だ――。




あまりの変わり果てた姿に
立ち尽くしてしまう。

伝えたいことは
山ほどあるはずなのに
いざとなると言葉を
見失ってしまう。

歯痒い思いを抱えたまま
口を開こうとするが
それは叶わなかった。


「…勘太郎。
 どうしてもっと早く
 来てくれなかった?」


感情の全く無い言葉が
刃のように突き刺さる。

返す言葉も満足に言えない。

上手く口が動かない。

不甲斐ない自分に嫌気が差した。


「…ごめん、本当にごめんね。
 ボクが早く来ていれば、
 こんなっ…ことにはっ…。」


出たのは陳腐な謝罪の言葉。

唇が震えて仕方ない。

寒さの所為ではない。

心が震えていた。


「もう、全部終わりだ。そうだろう?」


「そんなことは、ないっ!」


「そうだろうか?」
小さく呟き振り返る。

感情の無い瞳が、
濁っていびつな輝きを放ち
勘太郎を捉える。


「人はかくも愚かなり。
 お前もか?
 お前も私を殺しに来たのか?」


「違う!!ボクは君を助けに来た…。
 だってボクは、君の友達だよ。
 今までも、これからも、
 ずっと、ずっと…。」


涙がとめどなく溢れてくる。

冷たい雨の中でもその存在を感じる。


「ふっ、トモダチか…。
 ――だったら一緒に来い、勘太郎…。
 “人”を捨てろ。」


「っ?!」


突然の衝撃に息が詰まる。

視線だけでその箇所を見やると

体を貫く鋭利な爪が見えた。

目の前にはかつての大切な友。

目と目が合い、視線が絡む。

勘太郎の美しい紅玉石の瞳から
一際大きな涙が零れ落ちた。

それに吸い込まれるように
“彼”は近づき勘太郎の唇を奪う。


っ!?


突然のことに驚くも
未だに身体を貫かれたままの勘太郎。

どうあがいても離れることが出来ない。



どうし、て?



混乱する頭では考えが纏まらない。

逃れられないように
後頭部を押さえ込まれる。



んっ!!



そして注がれる“鬼の気”



ドクンッ



全身を駆け巡る凄まじい奔流が
身体の中で荒れ狂う。

細胞レベルで侵食されて行く感覚に
勘太郎は声にならない悲鳴をあげた。

そして舌を絡みとられ口内を犯される。

粘膜からも執拗に与えられる気。

もはやどうすることも出来ない。

されるがままに蹂躙されてしまう。

あまりに長く感じる色の無い世界。

曖昧な輪郭に堕ちて歪む。

ようやく解放され時には

意識が朦朧とし、
立つこともままならなかった。



「…ん、っく、はぁ…っ!」



膝の力が抜け、
ズルズルと倒れこむ体を
抱き締められる。

不安定な姿勢の為に
縋るように彼を掴み
表情の無い顔を見つめた。



どう、して?



音にならない叫びが空に霧散した。







やがて――

視界が黒に塗り潰されて行く。


(このまま君の腕の中で死ぬのかな?
 守れなかったボクが…。
 自業自得、だね…。)


薄れゆく意識の中で

怒号が飛び交い、争う音を聞いた。



そして僅かに聞こえる声。


「―――――――――。
 …必ず、―――。」



言霊を残して奈落の底に堕ちていく“彼”



その言霊がボクを支配する。

微かに残る意識で無我夢中で
名前を叫ぶ。

喉が潰れてもいい。

腕を掴もうと懸命に伸ばす。

身体が悲鳴をあげてもいい。

だが…叶わない。

助けられない。



「俺と勘太郎はずっと友達だ。」



幼い日に交わした小さな約束。

今では大きすぎる、約束。

だけど、何があっても
違えることは出来ない。


とても、本当にとても大切な存在だから―。


幼いボクの支え、だった。

とめどなく溢れてくる涙。

白い長着を赤に染める鮮血。

裂かれた胸が激しく痛み
やがて虚しさと悔しさが心を支配し
絶望の淵に叩きつけられた。




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