+Novel+

□未来
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男子寮で小牧による尋問が行われていた頃、女子寮でも似た様なことが行われていた。――柴崎である。



「あんたさぁ、もし教官と結婚するとしたら仕事どうするの?」

郁が花嫁修業の一貫として死に物狂いで剥いたため、少々形が歪になった林檎たちをフォークでくさり、と刺して口に入れるという一連の動きを繰り返していた柴崎が急にぽつりと呟いたので、郁は例によって例の如く思い切り林檎を喉に詰まらせ、必死に自分の周りにある酸素を取り込もうとしたがそれが却って逆効果となり、傍目から見ても苦しくなるほど噎せ込んでしまった。

いつまでも終わらない郁の咳に柴崎も流石に心配そうに声をかける。

「か…笠原…ごめん大丈夫?」
「…これが…だ…いじょ…なわけ…ないでしょ…」

息継ぎの合間に顔を歪めながら反論した郁を見て、柴崎は安堵のため息をつく。

「なんなのよ急にっ!人がもの食べてる時のおかしな言動は謹んで頂きたい!」

はあっと一気に捲し立てた郁に対して、柴崎は妖艶な笑みを浮かべた。

「へぇ?あんたにとって教官と結婚するっていうのは、おかしなことなんだ?」

揚げ足を取られて心の中で舌打ちをした。

――分かってるくせに。

「そんなんじゃないわよ、」
「じゃあ何がおかしいのよ」
「だっ…だって、そんな話一度もしたこと、ない、から…っ」

だからっ…と顔を真っ赤にして郁は俯いてしまった。
そんな郁を抱き締めてやりたいなあ、なんて思いながら助け舟を出してやる。

「だからさ、もしもの話よ、そういう話してなくても良いから。あんたなら結婚したとして、仕事は続けるの?続けないの?」

下を向いたままの郁の顔を覗き込むように問い直すと、郁はそのまま首を傾げた。

「……わからない」

だよなあ、と話を畳もうとした柴崎に郁はでも、と言葉を続けた。

「あたしの意思だけなら、仕事は続けたいな」

そう言って林檎を口に運んでサクサクと食べる郁を柴崎は呆気に取られて見つめた。
視線を感じて郁は怪訝な顔を柴崎に向けた。

「……何よぅ」

なにかおかしなこと言いました?と拗ねた様子でそっぽを向いた郁に、いや、そんなんじゃないけど…と柴崎はらしくなく口ごもった。





翌日の堂上班は館内警備が担当だった。
特に変わったこともなく、午前中はあっという間に過ぎていった。

「柴崎、食堂行く?」
「ん。ちょっと待っててくれる?」

利用者が館内の昼食時間に合わせて人の影も見えなくなった頃、郁たちも午前の警備を終了して休憩時間にした。
カウンターで貸出状況のチェックをしていた柴崎はパソコンから目を動かさずにそう郁に言った。

「じゃあ混んで来る前に席取っておくよ」
「ありがと、助かるわ」

お安いご用ですと郁は職員通路の奥へと姿を消した。





「………で、どうでしたか?」

郁の足音が聞こえなくなった途端、柴崎はキーボードを打つ手をピタリと止めた。
パソコンの画面を睨んでいた視線がすっと上がる。

柴崎の視線の先にいたのは―――小牧幹久一等図書正。

総学資料の棚に寄り掛かりながら、小牧名物とも言えるであろう上戸に入っていた。

「いやぁ…やっぱり笠原さんはあいつそっくりだよ」

小牧が“あいつ”と呼んだのが彼の同僚であり親友のことであることを説明するのは今更なことだろう。

更に言えば小牧が呼ぶ“あいつ”の若い頃と、笠原が似ていると言うのも周知の事実であった。

笑っている小牧に柴崎も調子を合わせる。

「本当ですよね。人間似た者同士がくっつくって言うけど、もしかしたらそれ笠原たちを見て出来たんじゃないの?って感じ」

柴崎がはあ…とわざとらしくため息をつくと、小牧が更に上戸に入ってしまった。

「くっくっくっ…柴崎さんはよく2人を見てるんだなぁ」

「2人を見なくても、笠原1人見れば充分ですよ」

あいつかなり単純ですし、と付け足した柴崎に、小牧はやっと笑うのを止めて向き直った。

「ごめん、笠原さん待たしちゃ悪いよね」

そう言いながら柴崎のいるカウンターまでゆっくりした確かな足取りで近付いてくる。

「じゃぁ早速本題に入ろうか、夕べは…笠原さんは何て言ってた?」

「笠原は、結婚しても仕事を続ける意思があるみたいです」

「………そう」

「交渉決裂…ですかね」

「うーん…はっきりとは言えないけどね」

「因みに堂上教官は…何て?」

「あいつは家庭に入って欲しいってさ」

「…でしょうねー」

ここに来て、仕事か家庭かの問題が持ち上がるとは。

柴崎と小牧は、2人の出逢いから交際までの全てを隣りで見てきたし、応援や協力もしてきた。
遠回りをしながらもようやく掴めた幸せの末に2人が選ぶのが別れであって欲しくないと言うのは当然といえば当然のことだろう。

こんなことを2人に聞いても、結局は自分たちの自己満足にしかならないのだろうけれど、せめて結婚の二文字だけでもいいから意識させたいんだ、と言ったら、余計なお世話なのだろうか。



「…こっから先は私達がなんとかすることじゃありませんね」

どうにもならないもどかしさを押さえ込んで、柴崎は席を立った。

「結局は2人の問題だしね」

さっきまでの上戸はどこへやら、やけに真剣な表情でぽつりと漏らした小牧を横目で捉えながら、柴崎は職員通路に向かって歩き出した。















TO BE CONTINUDE…
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