+Novel+

□君とみる夢
1ページ/1ページ












―――覚悟は出来ていました。



今頭にあるのは長かった日々のあとの疲労感と、そこから解放される充足感だけで。



後悔はありませんでした。
文句もありませんでした。

ただひとつ気掛かりなのは、愛しい人たちの未来―――。

どこか頼りない一番弟子と、お人好しな火の悪魔。

いつになっても小さな小鼠のままの、世界一大切な女の子。
彼女はどんなときでも僕の心を掴んで離さないから。

そして―――僕らの宝物…。



彼女たちの未来をこの先そばにいてみてやれないのは心残りだけれど、僕を忘れないでいてくれればそれで構わないから…。



朝の光を浴びて眩いほどに輝く金色の髪を揺らしながら、美しい青年は長年暮らした世界をあとにしようとしていました。



彼の後ろには醜く動く大きな城。
ここで彼らと暮らし、彼女と出逢い、新しい生命の誕生に涙を流しました。



後悔はありませんでした。
文句もありませんでした。

ただ少し、寂しかっただけで…。



青年は動く城を振り返らず、そのまま光の中へと消えていきました―――。










『君とみる夢』









それはいつもと何ひとつ変わらない動く城の朝でした。

太陽はとっくに頭の上を通り越したと言うのに、城の主は相も変わらず夢の世界。

流石に奥様のソフィーもこれには呆れ顔で。



「ハウル!いつまで寝れば気が済むわけ?さっさと起きなさい!」

寝室のドアを勢いよく開け放ち、ドスドスという擬音語が似合いすぎるほど足を鳴らしながら、ソフィーは未だに起きようとしないハウルが丸くなっているベッドに近付きました。

「ハウル!」

まるで芋虫のような旦那様の頭上から思い切り怒鳴り散らすと、これまた芋虫のようにもぞもぞと掛け布団の端から金色の髪がのぞきました。

「…もう少し寝かせてくれないか。僕はくたくたなんだ」

なんて呟いてぼさぼさの髪から薄い翠色の瞳がちらりと見え隠れ。

こんなにだらしない青年をみて、誰がこの国一の大魔法使いだと思うでしょう!
インガリー国で王室付き魔法使いハウルを知らないものはいないほど彼は強い力を持っていましたが、一方でその美しい容姿もその名を世に広めることになる理由となるわけです。
けれども今の彼に美しい青年の面影はどこにもなく、ただの二日酔いのオジサンで。

「どういう風に飲んだらそうなるわけ?」

呆れた、とハウルが掴んでいる布団に手を掛けると思いきり引き剥がしました。

「わぁっ!」
「さあ起きなさい!」

先刻までハウルに抱き締められていてまだ充分に温もりが残っている掛け布団は、冬の朝特有の冷気で冷たくなったトタン張りの床に沈みました。
急に肌を刺すような冷気に襲われて、届くはずもない布団を求めてハウルの細くて長い指が空をきります。

「寒い…」
「さっさと起きてご飯のひとつも食べればすぐに温まるわよ」

ん〜…と目を瞑って更に身体を縮め込ませたハウルに、ソフィーは起こる気力もなくなりました。
一生そうしてなさい、と言って立ち去ろうとした刹那、

「…ソフィー」
「きゃっ」

急に世界が反転したかと思えば視界には寝室の天井が写りました。
ハウルが上に乗っているのが苦しいやら恥ずかしいやらで、反応が少し遅れてしまい、その微妙な間をハウルが見逃す筈もなく、抗議の声を上げようと開いた唇はハウルのそれで塞がれました。

「………っ…」

男の人にしては細すぎる腕にも関わらず、ソフィーを押さえ付ける力はとてつもなく強くて、びくともしません。
最初こそ押し退けようと力を込めていたソフィーの手は、今ではハウルの胸に添えられるだけで。

冬の朝は冷え込みます。
それは確かな筈なのに、2人の周りに在る空気は何故かとても熱くて、あまりの熱さに息も上がってしまいます。

「……っ…ハ…ウル……っ…」

キスとキスの合間に必死に息をしながら、なんとか声を押し出すと、ハウルはようやく顔をあげて唇を離してくれました。

「…これで温まった」

顔をくしゃくしゃにして笑ったハウルは、いつものハウルに戻っていました。
またしても一手を取られてしまったのに、子どもみたいに喜ぶ姿を見てしまえば何に腹を立てていたのかも忘れてしまいました。

「…なんて人なの…」

ハウルから視線を逸らして消え入りそうな声で呟いて。
ハウルは、ん?と聞き返しますが、ソフィーはもうハウルの腕の中から抜け出していました。

「ご飯にするから、着替えて来なさいよ」

部屋を出る前に少し桃色に染まった顔で振り向いたソフィーに、ハウルは微笑みが漏れてしまいます。

逃げるかのように階下に姿を消したソフィーを見つめたハウルの瞳は僅かながら潤んでいて。




「………ずるいよなあ、ソフィーは…」





そう言って小さく泣いたハウルに、ソフィーが気付く筈はありませんでした。










TO BE CONTINUDE…

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ