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□転生
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『転生』





カレン家の中にある一室にあたしたちはいた。辺りは一面闇を纏っていて、近くに誰かがいたとしても、人間の視力では到底判断できない。
まあ…“彼ら”には見えてるんだろけど。

「…エドワード?」

あたしは人間だから、(正しくは“まだ”人間だから)彼の名を呼ぶことでしか、彼がどこにいるのかを特定する術はない。

「どうした、ベラ?」

あたしのすぐ後ろから、ベルベットのように滑かな――あたしの大好きな声がした。

「あなたの姿が見えないの」

なんだか負けを認めてるみたいですっごく悔しい。
けれどそんな気持ちも、後ろから抱き締められたらあっという間に宇宙の彼方へ飛んで行った。

「…怖い?」
「…少し。でもあなたがいてくれるから、ちょっとはマシかな」
「…僕がやるんだよ?」
「分かってるわ」

あたしはちょっとおどけてみせたけど、完全に恐怖心を消してみせるには、まだまだ演技力が足りなかった。

「ベラ、嫌ならやめていいんだよ」
「それこそいやよ。今更やめたりなんかしないわ」
「ベラ、怖いんだろう?」
「……恐くない」
「ベラ!無理するな!怖いんだろう?」

えぇそうよ怖いわよ!でもだからなんだって言うの!?こんなのマニュアル本があるわけじゃないし、何より成功するかだって定かじゃないんでしょう?

未知への恐怖なんか、いくらだってある。
けど、それ以上に。

「……あたしはあなたと永遠に一緒にいたいのよ」

それ以上エドワードは何も言わなかった。
あたしの頑固さに諦めたのか、それとも彼もあたしと同じ気持ちなのか…。
後者だと思うのはあまりにも図々しい。だけど、そうであって欲しいと願う分には構わないでしょう?



あたしは今日、この世界の全てとお別れする。
それはとても哀しいことだけど、けれどそれ以上に、あたしの胸は期待で満ち溢れている。

エドワードとずっと一緒にいられるから。

普通の恋人たちが交わす約束よりも、もっと永い時間を。

それこそが、あたしが一番望んでいること。この願いを叶えるために、あたしは今までに沢山のものを犠牲にしてきた。両親や友人。そして――あまり考えたくないけど…ジェイコブも。

今更後戻りなんて出来ない。出来る訳がない。



「ベラ、準備はいいかい?」
「ばっちりよ、カーライル。いつでも構わないわ」

カーライルはあたしを真っ白なベッドの上に寝かせ、あたしの腕のシャツを捲し上げる。
エタノールを染み込ませた脱脂綿を肌にあてがわれ、そのひんやりした感覚に少し身震いを覚えた。

エドワードはさっきからずっと黙っている。
無表情に近い顔で、カーライルの一挙一動を見守っている。

「ベラ……」

エドワードが何かを言いかけた。そのとき、腕にちくっとした痛みが走って、けれどすぐにその痛みは消えていった。

「……カーライル…」
「……準備は出来た。あとは…お前次第だよ」

エドワードは今までにないほど苦しそうな顔をしている。
あたしを“変身”させることに大きな不安を抱いてる。

「……僕自身…どうなるか分からないんだ。」

消え入りそうな声で呟いた、愛しい人。

―――怖い。

言葉にならない感情が、身体中を駆け巡った。

そんなあたしを、エドワードは決して見逃さない。

「……ベラ、今ならまだ間に合う。人間でいられるんだ。考え直さないか」

今にも泣き出しそうな顔で、切々と訴える。

それはとても哀しくて、だけど優しい―――

「…エドワード…」
「…なんだい?ベラ…!」

「……あたし…」



あたしね…



「あなたを愛してるわ」


瞬間、エドワードの顔から苦悶の表情は消え去り、変わりに―――この世のものとは思えないほど…美しくて優しさに溢れた微笑みが写し出された。



「……僕も…愛してるよ、ベラ…」



そのまま、エドワードの大理石のような唇が、あたしの唇を塞いだ。

――今までで一番、最高に甘いキス。

そのキスが合図だったかのように、あたしの意識は遠のいていき、そして―――――





あたしは海に浮かんでいた。温くて気持ちが良い。空はなくて、ただ何もない世界が果てしなく続いている。



――あたし…死んだのかしら…

それならここは、あの世なのね。



そうして暫く意識を彷徨わせていたら、遠くから声が聞こえた。



―――て……ラ……だよ……



泣いてるような、男の人の声。
あたしはこの声を知ってるわ。

――ラ…!…べ…ラ…!
あぁ!やっぱり…あの人だわ…

「…ベラ!!」

そこであたしの意識は海上から現実の世界に引き上げられた。

「……エ…ドワ…」

唇が痺れて声が出ない。目も霞んでいて、彼の顔を確認できない。

「…あぁ!良かった気が付いた―――!」

エドワードの声が震えている。

「ベラ…起きれる?」

そう言ってエドワードはあたしの首の後ろを支えてくれる。
エドワードの補助を頼りに、あたしはベッドから起き上がった。
そこは、あたしが眠る前と何一つ変わらない、カレン家の部屋。
けれど眠る前と違って、そこにはみんながいた。カーライルにエズミ、アリスとジャスパー、ロザリー、エメット。そしてエドワード…。

「みんな…」

やっと声が出せるようになって、あたしはそう呟いた。

「おはよう、眠り姫。ベラったら4日間ずっと眠っていたんだよ」

隣りでエドワードが微笑んでいる。

「……あたし…」

まだイマイチ状況について行けてなかった。

それを察したエドワードが、あたしに鏡を手渡して、

「見てごらん」

促されるままに覗いてみた。

そこには…紅い瞳をした自分がいて。

「…これが…あたし…?」

信じられなくて、思わず聞いてしまう。

けれど、肌はもう温かくなくて、まるで雪のなかを何時間も歩いたような感じで…そしてとても硬くて…



「…ベラ…カレン家へ、この世界へようこそ。」

カーライルがそう言ってくれた。

エズミやアリスは本当に嬉しそうな顔をしていて、ジャスパーてエメットは面白そうな顔をしている。
ロザリーは…なんとも言えない表情。

すると、エドワードが急にあたしの身体を抱き抱えた。

「きゃっ!」

突然の出来事に小さな悲鳴をあげてしまう。

「…さて!ここからは僕らの時間だ!」

そう言うと、エドワードは物凄い速さで家の中を移動し、ものの3秒で自分の部屋に辿り着いてしまった。

部屋の真ん中に陣取っているキングサイズのベッドにあたしを座らせ、その正面に自分も腰を下ろす。
そうして向かい合うと、今度はあたしの頬に指を当て、顎から額まで、ゆっくりと動かす。もう彼の指を冷たいとは思わなかった。

暫く経ってから、エドワードが口を開いた。

「…僕はもしかしたら…こうなることをずっと待ち望んでいたのかもしれないな」
「……え…?」

突然の告白に、頭が追い付いていかない。

「……君が今こうして、僕と同じようになって、僕の側に居ることが…とてつもなく、懐かしい気がするよ」

エドワードはそう言うと、両手であたしの顔を包み込んだ。

「これから…永いときを僕と…過ごすと…あのとき誓ったよね」
「えぇ、誓ったわ…」

エドワードの涼しい吐息が顔に当たって、呼吸が速くなる。

「今こうして…吸血鬼になったあとも同じことを…誓える?」

……は…拍子抜け…

「…今更…そんなこと聞くなんて、どうかしてる」
「そうだね、どうかしてるよ」

あたしはエドワードから顔を離して、彼のバタースコッチ色の瞳をしっかりと見据えた。

「あたしはあなたと永遠に一緒よ。ずっと…」

エドワードは小さく微笑って、そして

「イザベラ・カレン…君は永遠に僕のものだ…」

耳元で囁いた。





あたしたちは



永遠にふたりでひとつ―――










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