小説執筆2
□わがまま
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「甘いものが食べたい。」
夕食を作るクラースの隣で、手伝いをしていたチェスターが呟いた。
クラースとしては、手伝うと言われた時は2人で居たいだけだろうと思ったりもしたが、実際よく働いてくれているので良しとする。
「じゃあフルーツポンチでも作るか、すずも喜ぶだろうし」
「待てない。」
「はあ?」
つい材料を切る手を止めてまでチェスターを振り返ってしまった。
チェスターは普段と変わらぬ様子で、鍋の中身が焦げないようにかき混ぜている。
「甘いものが食べたい、今すぐ」
「マンゴスチンでも食っとけ」
「そういうのじゃない」
「お前……」
はあ、と溜め息を吐いてクラースは食材に向き直った。
チェスターがこんなことを言うのは非常に珍しいので、どう扱うべきかと思案を巡らせる。
「旦那」
「なに」
「キスして。」
「…………なんだって?」
アーチェのわがままはしょっちゅうだから扱いもわかってるが…等と悩んでいたら、とんでもない言葉が耳に飛び込んできた。
鼓膜から脳に伝わって意味を理解するのに、時間を要するほどとんでもない言葉が。
「何を言ってるんだ」
「キスしてって」
「意味が分からん」
「だから、俺は甘いものが食べたいの、今すぐ。」
チェスターは「もういいかな」と呟きながら火を消して、クラースの方に体を向ける。
「な、旦那」
「……全く、」
未だに意味はよく分からないが、諦めたようにまた溜め息を吐いたクラースを見て、チェスターの顔がパッと明るくなる。
そしてクラースは、嬉しそうな顔だなぁと思いながら包丁を置いた。
「チェスター」
「ん」
「あ、」
「え?」
はたと何かに気付いたような声につられて口を開けたら、ポイと何かを放り込まれた。
じわりと広がる甘い匂い、咀嚼したら匂いよりも更に甘い果汁が広がった。
「………いちご…」
「それで我慢しとけ」
「ちぇーっ」
拗ねながらもぐもぐと苺を食すチェスターを見て、何か可愛いなと思ってしまった自分にクラースは少しガッカリした。
「旦那、」
「ん?」
「もう一個食べたい」
「ダメ。」
「ええー」
本当に悲しそうな抗議の声に、仕方ないと小さく笑ってキスしてやったら、ふてくされていたのが嘘のようにチェスターは笑った。
「結局、フルーツポンチ作るのか?」
「作る。すずの為に」
「俺の為じゃ」
「ない。」
「……ちぇっ」
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