小説執筆
□約束
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※「裏切り」の続き的なものです
久しぶりに持ち出したガンブレのケースが、少し重い。
いろいろと落ち着いたら、ママ先生とシド学園長はまた孤児院をやるそうだ。
今は誰もいない石の家がまた、身寄りのない子供たちの家になる。
かろうじて残っている幼少期の石の家の記憶。
あの時は広く感じていたが、この歳になると少し狭い。
(でも、落ち着くんだよな)
此処で過ごした雨の日に良い思い出はないが、魔女戦争が終わってからは辛かった気持ちも徐々に風化してきている。
それに、やっぱり自分の家、なんだろう。
海に面した部屋に入ると、波の音が鮮明に聴こえる。
いつも曇りがちなこの地域も、今日は一日快晴らしい。
晴れた日は、いつも皆で海で遊んだ。
俺は家から出たがらなかったが、誰かが手を引いて輪の中に入れてくれた。
それはセルフィだったり、アービンだったり、キスティだったり、ゼルだったり、時によって違った。
(サイファーはいつも、連れてこられる俺を見てた、気がする)
何となく見てたのか、…待っていたのか。
それはわからないけど、
(まあ、本人に訊けばいいだろう)
誰もいないはずの石の家。
その家の庭とも言える砂浜で、一人海を眺めている白コート。
(当たった)
それを取っ捕まえるべく、外に出た。
足音はちょうど波の音にかき消される。もともと隠す気はないのだが。
「一日中晴れるなんて、数ヶ月ぶりなんだとよ」
聞き慣れた声が、呟くでも言い聞かせるでもなく、言葉を吐いた。
「確かに、覚えてる限りじゃいつも曇ってたよなぁ」
「そうか?たまに晴れたから、皆で海で遊んだだろ」
「そんなこともあったか」
お互いの声と、波の音しか無い。
それだけじゃなくて、妙に静かに感じるのは、
「俺の処罰は決まったか?」
普段は煩いほどの存在感を纏う目の前の男が、
「処罰っつーか、死刑か」
変に落ち着いているからだ。
「…どうだと思う?」
「だからお前が来たんだろ?」
やっと振り向いた碧眼と視線が合う。
つい最近の敵としての目ではなく、かと言って以前のような目でもない。
「何で風神と雷神を置いていったんだ」
「あいつらは関係ないからだろ」
「いつもいつも俺に泣きついてきて鬱陶しかったんだ、雷神が」
「ははっ、そいつは悪かったな」
ああ、イライラ、する。
何なんだ、誰なんだ、あんたは。
「で?どこ行けばいいんだ、バラムかエスタか、それともデリングか」
「どこがいい?」
「…なんだ、お前今日は妙に饒舌だな」
イライラ、する。
「…死ぬ覚悟は、出来たのか」
サイファーはそんな目をしない。
「そうだな」
サイファーは、そんな顔、しない。
「なぁスコール」
サイファーは、
「お前が俺を殺してくれよ」
「……は…?」
「そのケース、まさか空じゃねえだろ?」
そう言って視線で示された右手のケースが、さっきよりも、重い。
なんだか嫌で手を離したら鈍い音がして砂が舞った。
「どうせ死ぬなら、俺はお前がいい。」
なんだ。
どうしてこのタイミングで、俺の知る目をするんだ。
俺の知る顔をするんだ。
「…サイファー」
「いいだろ?死刑囚が逃亡したんだ、問題にはならねーよ」
「……わかった」
ああ、
「…ありがとうな」
イライラ、する。