小説執筆

□岩のような綿のような
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頭の中に岩が有るような、異物感とも痛みとも言えない不思議な感覚。
心臓を綿で包まれたような、くすぐったいとも気持ちが良いとも言えない不思議な感覚。

「………病気?」
「違う。…とも言い切れないよなぁ」

机に突っ伏す俺をクレスが困った顔で見ている。気がする。
机とランデブーする寸前に見た顔が困った顔だったから、多分そうだろう。

「頭も心臓も、ギュってなるんだ」
「うーん…僕も知識が有る訳じゃないから」
「んなこたぁ知ってる」
「じゃあ訊かないでよ、僕に」

む、としたような声。
それだけで何となく心情が察せるあたり、人間は神秘的でもあるが単純でもあると思う。俺は。

「そういうことはミントに訊けば良いんじゃないの」
「やっぱり?」

机から顔をあげて溜め息を吐いたらクレスも溜め息を吐いた。


後日、ミントにも同じ相談をしてみた。
いくつか質問をされたので、素直に答えた。
そうしていくうちにミントはニコニコと笑い始めて、一言だけ、大丈夫ですよと言った。
何が?と思ったが、出来る限り協力すると言われて、よくわからないまま「じゃあ良いか。ありがとう」と話を終えた。

という事の経緯を話したら、クレスが腑に落ちない顔をした。

「結局なにもわかってないじゃないか」
「それは俺もだよ」
「じゃあ何で話をそこで終わらせたの」
「……さぁ」

クレスが溜め息を吐いた。
この前から幸せが逃げっぱなしだな。
お前のせいだと言われるだろうから、それは言わないでおいた。

「どんな質問されたの、ミントに」
「どういう時にギュってなるかとか、今までそうなったことはあるかとか」
「で、どう答えたの」
「そういえば旦那といる時になることが多くて、昔に村の女の子を好きになった時にもなったかなって」
「…………………」

要約して話したら、クレスが頭を抱えた。

「…僕もそれ訊いておけばもっと早く事が進んだのに。っていうか何、気付いてなかったの。っていうか、その事だったの。わかりにくいよチェスター。ああもう、わかりにくい」

こっちを見たと思ったら、一方的にまくし立てられる。
忙しい奴だ。俺のせいか。

「ねえチェスター、何となくさ、これかなっていうの有るよね。」
「お前、ちょっと前までこういう事にはキングオブ鈍感だったのになぁ」
「な、何それ、全部わかって言ってたの?最初から?」

珍しく声を荒げるクレスに、だって信じられなかったんだよと投げかける。
そう。信じられなかった。
病気であれば治ったのにとすら思う。
この手の病気は治らないから厄介なのだ。
俺にとっても、彼にとっても。

「恋の病とはまぁよく言ったもんだ」
「…そんなこと言ってていいのチェスター…」
「それはあらゆる問題が山積みだから言ってるのか?」
「だってさぁ…」

クレスがあらゆる問題の具体例を挙げようとしたら、ちょうどドアが開いた。
酒場から帰ってきてちょっと上機嫌なあいつが、病原体である。俺限定の。

「おかえり旦那」

固まってしまったクレスはほっといて声をかけたら、口元を弛ませてただいま、と言った。

「まだ起きてたのかお前ら」
「まぁ。なぁ旦那、俺さぁ恋の病なんだって。」
「なに?」

途端にニヤリとあくどい顔をして肩を組んできた。人の気も知らずにまぁ、呑気な。
あんまり酒臭くないあたり、呑みすぎるなというクレスの忠告を守ったんだろうか。

「誰だ誰だ、ミントか?アーチェか?………お前…まさか、すず……」
「旦那」
「ん?」

復活したクレスがさり気なく立ち上がってベッドに潜ろうとするのが視界の端に見えた。
悪いな、と思うだけ思って旦那ににっこりと笑いかけてやる。

「だから、旦那。あんたが好きなの、俺は。」
クレスが固まった。
俺も笑顔を張り付けたまま。



酒のせいでいつもより遅い頭の回転を経てようやく復活した旦那が、そんな冗談をーとかぎこちない笑顔で言ってきたけど、もう一回はっきりと「旦那が好きなの、俺は。」と言ったらまた固まった。




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