小説執筆

□ひらひらと降る
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「さむい」
「ああ」
「星が、綺麗だ」
「ああ」

宿屋の屋根の上。
いつもこの場所で1人休む少女は今日はどこに行ったやら、何故か居なかった。
常に雪に見舞われているこの地方の夜は、尋常じゃなく寒い。
かと思いきや、そうでもない。
外気は冷たいが、風がないので穏やかなものだ。

「旦那、ちょっと」

と、割り当てられた部屋から引っ張り出されてまだ数分くらいだろうか。
防寒具に身を包み、2人で横並びに座ってただ空を見ている。
何故こんなことをしているのか理由はよくわからないけど、チェスターが言うように星が綺麗なのでまぁ良しとする。

「静かだ」
「そうだな」
「雪が、音を食ってる」
「似つかわしくない表現だな」

だってそうだろ?と言う横顔からは、あまり感情が読み取れない。
何となく、私も同じような顔をしているような気がした。

「この街にはたくさん人がいて、みんなどこかで話して、笑って、騒いでるのに」

その言葉に頷いて、目を閉じる。
厳密に言えば、聞こえているのだと思う。
アーチェが酒を飲んで素っ頓狂な声をあげていたり、クレスやミントが必死にそれを抑止しようとしていたり。
いろんな音がそこかしこでしているけど、ただ人は雪の降る音を聴こうとするのだ。

ふと、チェスターが寄りかかってきた。
目を開けて少し顔を覗いたら、今度はチェスターが目を閉じていた。

「雪が、いつもより遮断するんだ」

マフラーに顔をうめて、もごもごと呟く。
遮断、と反芻したらまたもごもごと話し出した。

「旦那と2人きりになりたかったんだ。でも、2人にはなれても、なかなか2人きりにはなれないから」

だから、ここに来たらこうしたかったんだ。

そしてチェスターは、ふふふ、と満足そうに笑う。
ああ確かにと思った。

ちらちらと降るだけの雪に隔絶されたこの空間には、確かに2人きりしか存在していないのだと。


「雪が、」

音を食う。
ただ、2人だけを残して。



*

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