小説執筆

□第三者は閉め出してしまえ
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其処にあったから名前を付けた。
それだけのこと。


「空、木、石、土…」
「それは遊びか?ならやめとけ、注目を浴びるぞ。私は御免だ」
「目立つナリしてるくせに」

買い出しを命じられ、商店の並ぶ通りを歩く。
荷物持ちに任命されたチェスターは最初は文句を垂れていたが、悪知恵の働くクラースの「自ら荷物を持ちに行くくらいが良い男なんだがなぁ…デートなんだし。」という言葉に踊らされ、しっかり役目を果たしている。

「名前って、人間がつけたんだよな」
「そうだな」
「名前を付ければ安心出来ると思ったのかな」
「安心?」

メモに走り書きされた買い物リストばかり眺めていたクラースが、隣を歩くチェスターを見る。

「昔はさ、なんで天災が起こるのかわからなかったから、ただその大きな力を神って名付けたんだろうな」
「あぁ…かもな」
「そうすれば、天災を起こさないでくれって祈る対象が出来て、何もないより安心出来たんじゃねえかな」

歩く速度はそのまま、周りの音が遠ざかる感覚。
お互いがお互いに集中しているからか、時間の流れさえも緩やかになった気がする。
これに名前を付けるなら、何になるだろう。

「天国も地獄も、人間が作ったんだろうな、生きるために」

死後の世界の為に生きるなんて、不思議な話だけどさ。
チェスターはそう言って少し笑うが、その顔は悩んでいるような悲しんでいるような、いつもの晴れ晴れとした顔とは程遠い。

「目指すものと、戒めるものが欲しかったんだろうな」
「仕方ないさ。人間は弱いから。」
「……なぁ旦那、」
「ん?」

チェスターがゆっくりと視界にクラースを映す。

「英雄も、そのうちの1つなんだよな」

最近聞き覚えのある、言葉。
ダオスを倒すため旅をする自分たちを指す、第三者からの呼称。

「昔は、飛び抜けて強いとか、革命を起こしたとか、そういう風に働いた人を呼んだんだろうけど」
「あぁ」
「それも、英雄っていうのも、生きていくための希望なんだよな」

言いながら確認するように小さく頷くチェスターを見ながら、クラースは言葉を反芻した。
どれも、自分には重いと感じた。
ならば、この17歳の少年には、どんな重りだろう?

「俺たちは皆が生きる希望なのかな」
「……」
「そういう働きを期待されて、俺たちは英雄って呼ばれてるんだよな」

昔と今じゃ、順序が違う。
また小さく笑う。
それを見たクラースは一瞬考え、そして口を開いた。

「…私達は、」
「うん」
「確かに、一時的にダオスを倒すことはできた。今も、ダオスを完全に倒すために、旅をしてる」
「うん」
「…お前は、どうしてダオスを倒したいんだ」
「え?」

曇ったままの顔が、何かを期待しているようにクラースを見る。
そして、今自分がすべき事はこれだと、明確な出口を見ているようにクラースは喋る。

「仇をとりたいんだろ?」
「……うん」
「じゃあそれで良い。」

緩やかだった2人の足が止まる。

「お前はお前の理由を信じ続ければいい。信じることが不安ならお前の理由をぼやけさせるような周りの視線は排除してやるさ。」

チェスターは、一言も漏らさぬように、或いは縋るようにクラースの目を見据える。

「周りの勝手な期待や無責任な寄りかかりがお前の理由を押し潰すなら、そんなもの眼中に入れるな」
「でも」
「自分の理由で戦いたい、それくらいの勝手なら許される。私達は英雄だからな。」

そこまで言うと、クラースはニヤリと笑って、チェスターの頭をぐしゃりと撫でた。

「さ、早く買い出し終わらせるぞ。夕方から冷え込むらしいし」

止めていた足を、一歩踏み出す。
チェスターはそれに少し遅れて前に進んだ。

「なぁっ」
「ん?」

しかし、さっきまで曇っていたその顔は、まるで最初からそうであったと言うように。

「寒くなっても、俺がしっかりあっためてやるって旦那!!」
「調子に乗るな街中だぞ!!」


(なぁ旦那、俺の理由、聞いといて欲しいんだ。また俺が迷った時のために。
俺の理由は、仇を取る事と、

皆が、旦那が、幸せになることだよ)



この時間に名前を付けるなら、きっと幸せ。



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