Short Story

□交狂曲
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気怠い身体の重さと喉の渇きだけが思考を支配する。
身体を動かすと時折鈍く痛む腰に眉を潜めながら、着信相手をきちんと確かめずに電話を取った昼間の自分に少し自己嫌悪していると自分の下で夢現な金髪が小さく笑って体重を支えている腹筋が細かく振動した。


「疲れたんだけど」


原因の一端は自分にもあるのだけれど、精一杯の不満を言葉に込めて憎たらしい程均整の取れている胸元に顎を乗せた。


「重てんだけど」


同じイントネーションで吐き出された言葉は笑みを含んでいて、それが酷く癪だったから首筋に噛み付いた。耳元で堪えるように漏れる吐息が聞こえたけど気にしない。
窓から零れる月明かりで確認出来るほどくっきりと朱く残った歯型を見て、室内が薄明るいのは大きな満月のせいに外ならないと気付いた。


「独占欲?」

「何それ、くだらない」

「…恭弥良いことあったのか?」

「どうしてそう思うわけ?」


青白いぼんやりと明るい光が乱れた黒いシーツに散った金色を照らし出す。
ふと視界に入った蜂蜜色したびいどろのような瞳に銀色の月が映っていた。


「アイシテルって、言ってねぇし」


アイシテル、はこの陳腐な恋人ごっこの終わりの合図。非生産的だからこそ続いていると言っても過言でない惰性的なこの関係は毎回、久しぶりで始まってアイシテルで終わる。


「機嫌が良いのは当たり」


月と同じ色をした彼の髪色が脳裏を掠めた。
真っ黒なシーツに散る銀色、そのコントラストを想像しただけでも気分が高揚するのを感じた。


「強ぇ奴に会ったとか?」


違うよ、と短い否定を返してから昼間起きた一連の出来事を大まかに話してやった。


「獄寺と仲良かったんだな」

「気付いたら懐かれてたんだよ」


これは本当、突っ掛かってくる彼を適当に相手してやっている内に気付いたら世間話をするようになって、いつの間にか好感を持たれるようになっていた。


「抱かせてやりゃ良いじゃん」

「絶対に嫌。」

「俺以外は嫌?」


きっぱりとした否定に冗談めかして笑みと一緒に問い掛けられた言葉を馬鹿じゃないの、と切り捨てて真っ直ぐに視線を合わせる。


「貴方は獄寺に抱かれたいと思う?」

「…微妙。恭弥に抱かれるとしても複雑だな。」

「僕も貴方を抱きたいとは思わないから安心しなよ」


ころん、と寝転がってシーツに移動した。
さっきまで身体の下にあった温もりを今度は左側に感じて、発言権を与えないまま言葉を続ける。


「獄寺に抱かれるのは嫌、でも抱く自信ならある」

「あ、そ。…確かに面だけは良いからな」

「性格云々全てを含めても貴方より断然可愛いけどね」


戯れとも挨拶とも付かない一瞬だけ触れた薄い唇の感触と刹那薄桃色に染まった頬の色を思い起こした。


「あれで意外に純情そうだもんな」

「今時触れ合うだけのキスで真っ赤になるしね」

「あんまいじめてやんなよ」


彼の話をしていると、自然と気分が高揚する。…とは言っても、これが恋慕や、所謂下心を含蓄した感情の類でないのは自分が1番よく理解していて、彼と居る時とヒバードと居る時の気分はよく似ている。
つまりそういう事。


「ある意味で情愛というのを素直に示してやっただけだよ」

「ココロ、くれてやったのかよ?」


蜂蜜色の瞳に悪戯な光を含ませたまま軽口ながらも、あまりに陳腐過ぎる愚問を吐き出す目の前の男と同じように口唇を吊り上げた。


「さあね、知らない」

耳元に唇を寄せて、返した答えを追い掛けるようアイシテルと囁いた。
あまりに唐突な終焉を驚く顔が妙に間抜けで、どうしたって口角の両端が上がってしまう。


「おやすみ」


蜂蜜色の大型犬からシーツを引ったくって身体全体を包むようにして巻き付けた。
寝て起きたらやってくる朝が待ち遠しいと感じたのは何時振りだろうか、背中側で寒い寒いと喚く声を無視して目を閉じた。



fin.
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