Short Story

□天の川
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黄昏れ時に呼び出されたのは愛しい人の部屋。

カツ、カツ、と床を鳴らして歩く勝手知ったるミルフィオーレ本部。


目的の部屋が近づくに連れて香るのはむせ返るような植物の芳香は、ここまで来ると良い香り、とはお世辞にも言えない。

軽い吐き気と闘いながら口許を覆って開けた扉のその先は――


朝顔、百合、薔薇、睡蓮、梔子、夏椿…他にも数多の花で溢れ返っていた
全て夏が盛りの純白のそれ、という以外の共通点は全くない。


「…一体、何のつもりですか?」

部屋を横切って、ご丁寧にも入口から部屋の主の元へ向かう経路を遮断するようにちりばめられた無数の花。

無下に踏み潰す事もできずに立ち尽くして横断を諦め、椅子に深く腰を下ろす相手とは距離を取ったまま対峙した。

「何って…天の川。骸君知ってるでしょ?七夕。」

七夕くらい知っている、伊達にこの国で十年生活してない。

「クフフ…では差し詰めあなたは織り姫、そういう事ですかね?」

「やだなあ骸君、愛しい織り姫の為に天の川を用意したんだけど?」

こちらがどれだけ挑発しても余裕、という訳ですか。…本当、喰えない人だ。


「天の川なんて必要ないでしょう?年に一度の逢瀬だなんて僕は望みませんよ、何しろ貪欲ですからね。」

ゆっくりと、口許で弧を作る。
目が合った刹那
緩慢な仕草で広げられた両手に誘われるように――

もう花なんて、気にしていられない。

靴裏に音にならない花々の悲鳴を感じながら白い白い天の川を渡った。


「愛していますよ、白蘭」


今宵だけは、七夕の奇跡に甘えて
素直になってみるのも良いでしょう?




部屋の窓から見えた本物の天の川
願うのは唯一つ、この身果て朽ちるその時まであなたの傍に在らん事を――
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