月光譚 ―gekkoutan―

□一、黎明
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 遠智姫が美しい詩を朗じれば、瀧田姫がそれに流麗な音楽をつけ、壱岐姫が見事に琴をかき鳴らす。それに合わせて紅鳥姫が澄んだ声で歌い、花夜叉姫はかろやかに舞を舞う。
 そういう具合に、五人の中で誰が一番に優れているというのはとても決められなかった。
 しかしいずれは、この中から誰か一人、帝妃となり国母となるべく者を選ばなくてはならない。そのときになって要らぬ争いが起こらなければいいのだが……というのが、父であり、また大国の君主でもある陽成帝のたった一つの心配事だった。

 中でも一番の悩みは、姫君たちの夫選びだ。かわいい娘を安心してまかせることが出来て、しかも、未来の那国皇帝としても立派にその役目を果たせそうな人物。そんな者を探し出すのは容易ではない。
 だが、幸いなことに、陽成帝にはすでに何人か心当たりがあった。
 その筆頭は四方将軍のうちの二人、東方将軍・勝元(かつもと)と南方将軍・景良(かげよし)である。
 東家(とうけ)、南家(なんけ)ともに領地の支配もいたって順調であるし、揃って名将としての誉れも高い。二人とも若いながらよく出来た人物で、家臣にも領民にも深く敬愛されている。まさに理想的な相手だ。

 勝元のほうは、実弟の輝元(てるもと)が東方副将軍をつとめ、あらゆる面で兄をたすけ、近隣諸国にまでその名が伝わるほど優れた武将である。さらに家臣にも優秀な人物が多く、その中には、『那国一の名軍師』と呼ばれる高槻冬仁(たかつきとうじん)や、稀代の天才といわれる長谷川比日喜(はせがわひびき)などもいる。
 対する景良のほうは、軍師・昂徳大河了英(こうとくたいがりょうえい)をはじめ、優秀で忠義深い家臣を数多く抱えている。かれらは南家にというより、むしろ景良個人の人柄に惹かれて忠誠を尽くしているようである。また景良には六人の異母姉がいるが、そろって那国の皇族や大臣に嫁いでいて、強力な後ろ盾となっている。
 二人ともまさに甲乙つけがたく、どちらも皇帝となるのにふさわしい人物に思える。
 しかしどちらにしても、陽成帝が老いて退位するのはまだまだずっと先の話であるし、四方将軍がいる限りこの那国は幾久しく安泰であろう。
 

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