秋津島―akitsushima―
□五の章『セイとの再会』
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ところが、比古が亜相の屋敷へ着いてみると、いつもとはだいぶ様子が違っていた。
いつもは雑な取り次ぎしかしない門番が、今日は比古の姿を見ると愛想よく近づいてきた。亜相のもとへ比古を案内するのも、いつもの下男ではなく、亜相の側近の一人だった。異例の待遇といっていい。
比古は何となく気味が悪くなって、側近の男に思わず尋ねた。
「亜相さまに、何かお変わりでもあったのでしょうか?」
比古の問いに、青藍というその側近は、
「いいえ。亜相さまはいたってご機嫌がよろしいですよ。すぐにこちらに参られましょう」
言葉とは裏腹に、何故だか悲しげに眉をひそめて比古を見つめてくる。
そんな青藍の様子に、比古はますます不審と警戒を抱いた。
だが間もなくして現れた亜相は、青蘭の言葉のとおり、比古が今まで見たこともないほど上機嫌だった。
「おう、さっそく来おったな」
打ち解けた口調で比古に話しかけてくる。比古にとっては何とも奇怪なことである。
亜相は笑顔をつくったまま青藍を手招いた。
「速秋津比古には、もう話してやったのか?」
「いえ、まだ……」
「そうか。では儂から話しておくゆえ、早よう連れて参れ」
「はい」
青藍は短く一礼すると足早に退室して行ってしまった。
あとに残ったのは数人の召使いのほかは、比古と亜相だけである。
亜相は相変わらず笑顔のまま、比古に親しげに話してくる。
「速秋津比古よ、喜べ。良い報せじゃぞ」
「は?」
「そなたの母を返してやろう」
「……はい?」
比古は思わず首を傾げた。
一瞬亜相の言った意味が分からず、呆然と亜相の老いた顔を見つめた。すると亜相はにんまりと笑って、比古のほうへ身を乗り出してきた。
「監禁中のそなたの母を自由にしてやろうというのだ。嬉しくはないのか、速秋津比古?」
「あっ――!いえ、とんでもございません」
比古は慌てて首を振った。