月光譚 ―gekkoutan―
□八、散華
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「―――!」
悪い夢を見て、勝元は突然目を覚ました。
全身が汗でびっしょり濡れている。その居心地の悪さに、慌てて寝台から起き上がり、思わずあたりを見回す。
何も変わらない。そこはいつもの寝所だった。
勝元の隣では、遠智姫がかすかな微笑を浮かべながら、安らかな寝息を立てている。
その遠智姫を起こさないように注意深く寝床を出ると、勝元はそのままそっと部屋を抜け出した。
大分朝早い――というより、ほとんど夜と言っていい時間だ。
まだほの暗いが、どうやら今日も晴れそうだ。明け方の月が西の空に浮かんでいるのが見える。
十月に入ってから雨の日が多いが、ここ二、三日は晴天に恵まれている。秋の長雨もしばし小休止といったところだろうか。
雨に洗われて澄んだ空気が清々しい。
こんな気持ちのいい朝に、あんな悪い夢を見るなんて。
そう思って、先ほどまでの夢の内容を思い出そうとしてみるが、どういうわけかさっぱり覚えていない。ただ、ものすごく悪い夢だったということだけは覚えている。
(まあ、夢なんて、往々にしてそんなものか)
勝元はくすりと苦笑をもらした。
城の中はまだひっそりと寝静まっている。
すっかり目の覚めてしまった勝元は、しかたなく自室へ行くことにした。
こんな時間に城内をうろうろして、使用人たちを起こしてしまうのも心苦しい。そうかと言って、寝所に戻って二度寝する気にもなれないので、とりあえず着替えをして、独りのんびりと夜明けを待つつもりでいた。
足音を立てないように気を配りながら、長い廊下をゆっくりと歩いて行く。
途中で洗面所に寄って、顔を洗い体の汗を拭いた。さっぱりして気分も良くなったためか、そのまま渡り廊下に出て空を見上げた。
和紙で出来たような薄い金色の月が、夜明け間近の空にひっかかっている。