月光譚 ―gekkoutan―

□六、陽炎
1ページ/16ページ

 勝元の後ろを歩きながら、冬仁は考え事をしていた。
 ふたりきりで出かけるのは、ずいぶん久しぶりのことだった。勝元が将軍職についてからはほとんど無い。勝元が城外へ出るようなときは、必ず供の者をつけることになっている。
 しかし今日は、何もかもが特別だった。
 早朝、勝元のほうから冬仁の住まいを訪れ、今日はふたりきりで城外を散策しようと言い出したのだ。しかも行く先は、あのすすきの原だという。
 十二年前、冬仁と勝元がはじめて出会った場所である。
 何かある。
 そう感じるには十分だった。
 本来ならば賛成するべきことではない。普段の冬仁ならばきっと止めていたことだろう。
 いや、そもそも、自分の立場をよくわきまえている勝元が、軽々しくそんな提案をするはずはなかった。
 だが今日の勝元は有無を言わさない雰囲気があった。
 勝元の突然の訪問に驚いている冬仁に、いきなり自分についてくるように言ったのだ。
 なぜとかどこへとか、問う暇もなかったくらいだ。
 (いったいどうしたというのだろう?)
 勝元の背中を見つめながら、冬仁は考えていた。
 思い当たるふしは何もない。
 黙って勝元の後に続きながら、冬仁はまぶしそうに空を見上げた。

 今日も暑くなりそうだ。
 ついこの間、ふた月遅れの桜が咲いたと思っていたら、今度は連日真夏のような暑い日が続いている。
 本当に今年は異常気象もいいところだ。
 異様に長い冬のあと、やっと春が訪れたと思っていたら、あっという間に駆け足で過ぎ去り、初夏のさわやかな陽気を飛び越して、さっさと夏になってしまったようだ。
 樹や草花もその変化について行けず、春の花と夏の花がごちゃまぜになって、ひょろひょろとして丈ばかりが長いひよわな茎を伸ばしている。
 まだ朝の時間帯だというのに、地面からゆらゆらと陽炎が立ちのぼる。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ