月光譚 ―gekkoutan―
□四、螺旋
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おだやかな夜だった。
広々とした建物中がしんとした深い眠りについていた。
だが突然、奥のほうの部屋で悲鳴が上がる。かん高い泣き声があたりに響き渡る。
「うわーん、あーん……」
泣いているのは小さな子供だった。
その声を聞きつけて、その子供の乳母が慌てて部屋へ駆けつける。
「姫(ひい)さま、いかがなされました?」
言いながら両腕の中にぎゅっと抱いてやる。
大丈夫大丈夫、となだめるように背中をさすってやると、しゃくりあげながら可愛らしい声で訴える。
「夢を見たの」
「夢?」
乳母が尋ねると、顔を上げて一生懸命に涙をぬぐいながら話し出そうとする。泣き腫らした頬がぷっくりと丸くなおさらに愛らしい。
そのあまりの可愛らしさに、乳母はたまらずに微笑する。
だが、次に幼い姫君の口から出た言葉に彼女はぎょっとした。
「おかあさまが、わたしを要らないとおっしゃるの」
「えっ?」
「この子は生まれてきてはいけない子、だって。おかあさまが言うの。わたしのことを生みたくないって。わたしはあたたかいお水の中で、おかあさまがそう言うのをじっと聞いてるの」
「――!」
思いもよらない言葉に乳母は驚愕した。
あわてて笑顔をつくると、
「ま、まあ、姫さまは何をおっしゃっているんでしょう。そんなこと、お母さまが口にするわけがありませんわ」
つとめて落ち着いた口調で言った。
だが幼い姫はなおも言い募る。
「でも、確かに言ったの。この子は呪われた子だから生みたくない、って。おかあさまが泣いてるの。真っ暗なお水の中で、わたしそれを聞いているの」
「――!!」
乳母は目を見開いて、姫君の顔をしげしげと見つめた。
この姫は、母の胎内で外の会話を聞き取っていたというのか。
とても信じられない。
だが、いま姫の言ったことはすべて事実だ。
「姫さま……」
乳母は姫君の小さな体を力の限り抱き締めた。その瞳にうっすらと涙がにじんでいる。
(なんと不憫な)
腕の中で哀咽している姫君に、乳母は憐れむようなまなざしを向けた。
(確かにこの姫さまは、胎内でお母上の言葉を聞いていたに違いない)