月光譚 ―gekkoutan―
□二、幽篁
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勝元と輝元の二人を送り出した冬仁は、その足でまっすぐ比日喜を訪ねることにした。
冬仁の住まいは、勝元や輝元の住む母屋とともに、広い月翅城内の一角に設けられている。そのため城外の少し離れた場所にある比日喜の屋敷へ行くには、このまま城門を出てしまったほうが手間が省けるのだ。
かなり早朝ではあったが、すでに比日喜の家の者たちとは顔見知りなので、大して差し支えはないだろう。
案の定、冬仁が比日喜の屋敷に着くと、使用人たちがとっくに起きていて、冬仁を迎える準備をすっかり整えていた。
「まあ、軍師様、おはようございます。よくお越し下さいました」
年配の女中頭が、愛想良く冬仁を出迎える。
「おはようございます。比日喜は起きていますか?」
にこりと微笑する冬仁に、年甲斐もなく頬を赤らめながら、初老の女中頭は慌ててこたえる。
「ええ、ええ、勿論ですとも。先程からお待ちでございますよ」
そう言って、冬仁を奥の間に案内してくれた。
「冬仁様がお越しになられました」
女中頭が声をかけると、
「お通しして下さい」
すぐに障子の向こうから返事があった。
「さ、どうぞ」
女中頭に促されて冬仁が室内に入る。しかしどこにも親友の姿はない。
「比日喜、どこにいるのですか?」
「こちらですよ」
さらに奥から声がする。少しこもっている様な不鮮明な声だ。
声のする方向を確かめて、冬仁は中庭に下りる。そのまま中庭を突っ切って、奥にある竹林へと歩を進めた。
竹林は鬱蒼としていて、込み入った笹の葉が、早朝の弱い日差しを遮ってしまう。薄暗い中をしばらく歩くと、いきなり前方が開けて、小さいあずま屋が見えて来る。
冬仁は迷わずその中へ入っていった。
「やはりここでしたか、比日喜」
のんびりと座ってお茶を飲んでいる比日喜に、微笑いながら近づいた。
「やあ、おはよう、冬仁」
「それにしても、ここからあの部屋まで、いったいどうやって声を飛ばしたのですか?」
不思議そうに尋ねる冬仁に、
「ほら、この壁のところにいくつかの穴があるでしょう。この穴に向かって喋ると、屋敷の好きなところに声を飛ばせるのですよ」
比日喜はそう説明した。