月光譚 ―gekkoutan―

□一、黎明
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 那国(なこく)。
 『中の大陸』の中でもっとも強大な力を持つ、陽成帝(ようぜいてい)が治める大国。
 文武両道に秀でた四方将軍たちが、よく主君である陽成帝をたすけ、国は隅々まで満遍なく整っていた。
 近隣諸国のあらゆる文化・民族・経済が集い、常に活気にあふれ、さらなる繁栄をもたらす。地方下々に至るまで豊かに潤い、貧困などという言葉は、那国においては全く無縁だった。
 国民の誰もがその栄華をたたえ、恒久の平穏を信じて疑わなかった。他の国々と違い、那国には何の憂いも存在しない。
 ただ一つ。すでに四十歳を超えようとする陽成帝に、いまだに跡継ぎとなる男児が誕生しないことを除いては。

 女性に帝位を継がせる習慣のない――というより、女性が公的な立場に就くことが一般に禁じられている那国では、跡継ぎになる皇太子が誕生しない場合、皇女に婿をとらせて、その婿に帝位を譲ることになっている。
 とはいえ、実際には引退した先帝が院政を敷くことによって実権を握り、帝妃である皇女の産んだ男子が元服した時点で帝位はその子に譲られる。
 皇帝に男の兄弟がいたとしても、その者たちに継承権が与えられることはないのだ。あくまでも帝位は縦の血筋にのみ受け継がれる。

 陽成帝には、母親の違う五人の姫君がいた。
 一番長じた姫の名を壱岐姫(いちきひめ)といい、第二夫人との間にもうけた娘で満十八歳になる。二番目は名を遠智姫(とおちひめ)といい、正妃との間に生まれた十七歳になる姫。三番目と四番目は奇しくも同じ日に生まれた、第二夫人を母に持つ瀧田姫(たきたひめ)と第三夫人を母に持つ紅鳥姫(べにとりひめ)で今年十五歳。第四夫人との間に生まれた末の姫は十三歳になる花夜叉姫(はなやしゃひめ)。
 五人の姫たちは、いずれ劣らぬ美しく魅力的な姫君たちである。
 聡明さと穏やかな気性は壱岐姫が他の四人に勝り、血筋と気品という点では遠智姫が、賢さと思慮深さでは瀧田姫が、優しさと素直さでは紅鳥姫が、愛らしさと無邪気さでは花夜叉姫が、それぞれに勝っている。

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