秋津島―akitsushima―
□最終章『秋津島』
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年が明けるのとともに、幸弥は根国王として即位した。
戴冠式には多くの者が招かれ、新しい国王の門出を祝った。その中には、かつて根国に従属させられていた諸小国の長たちの姿もあった。
かれらは、幸弥の戴冠式に参列するほかに、そのあと行われる根国との友好条約の調印のためにやって来たのである。
当然のことながら比古もその式に出席し、幸弥とコウの二人に公の席ではじめて顔を合わせた。
「このたびは、ご即位まことにおめでとうございます」
比古が言うと、
「敷島の速秋津比古どの、わざわざのご足労いたみいります」
幸弥も形式的に応対する。
顔を上げた幸弥はすぐににこりとほほ笑むと、比古の耳元に口を近づけて言った。
「あとでゆっくり話しましょうね、比古。深幸も、比古に会えるのを楽しみにしていますから。きっと待っていてくださいよ」
あいかわらずおっとりとそう言う幸弥に、比古は嬉しくなって笑顔で頷いた。
そのあと幸弥は延々と来賓のあいさつを受けて、結局すべてが終わったのは、夜もだいぶ遅くなってからのことだった。
比古は官女に案内されて、生まれて初めて根国の王宮内に入った。そしてそのきらびやかな様子に思わず感嘆の声を上げた。
そんな比古の様子を見て、幸弥とコウは顔を見合わせて苦笑する。
侍従や官女たちを下がらせて三人だけになると、やっとくつろいで話を始めた。
「いやあ、戴冠式なんて窮屈で疲れるだけで、ほんとう何もいいことはありませんよ。でも、これからは、毎日のように窮屈な生活が始まるんですよねえ。私はここから外へ出ることもほとんどなくなっちゃいます」
そう言う幸弥の言葉に、コウがうんざりしたように言う。
「国王にほいほい出歩かれたのでは、家臣の気苦労が絶えないからな。これからはしっかり監視をつけさせてもらうから、覚悟しろよ」
「おやおや、深幸はまだ以前の癖が抜けませんね。もう間者は必要ないでしょうに」
おっとりと幸弥が言うと、コウはきっぱりと首を振った。
「お前みたいな国王の下で働くためには、今まで以上の苦労を覚悟しているのだぞ、俺は。太政大臣としての表の顔と、諜報活動を束ねる裏の顔と、俺はきっちり使い分けるから安心しろ」
コウが笑いながら言うのに、幸弥は心底呆れたようにため息をついた。
「気をつけなさいね、比古。きっとあなたの敷島にも、深幸に雇われた間者が入り込んでいますよ」
「幸弥、お前なぁ……」
コウはしらけた視線を幸弥へ向けると、真面目な顔で比古に言った。
「俺はそんなことしてないぞ、比古。お前は友達だし、実の弟のように思っているんだからな。幸弥のことは信用できなくても、お前のことは心から信頼している」
「ああ、ありがとう、コウ。でも、幸弥さまのこともちょっとは信用してやれよ」
比古は思わず苦笑する。