秋津島―akitsushima―
□八の章『国都の物の怪』
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しばらく前から、根国王は病んでいる。
二月に入った頃から体の不調を感じ始め、大事をとってしばらく公事から離れて静養することにしたのだが、どうにも経過が思わしくない。
当初はただの風邪だろうと思われていたが、どうもそうではないらしい。病状は日を追うごとに悪化し、回復の兆しはまったく見えない。
春が過ぎ、初夏の爽やかな陽気を迎えても一向に良くならない。それどころか、とうとう重体に陥ってしまった。
医者や薬師、陰陽師に高僧、果ては市井の占い師など、ありとあらゆるものを試してみたが、根国王の体は日に日に衰えていくのだった。
その間、国政は完全に亜相の手に握られている。まるで自分が王にでもなったかのように振る舞っているのだ。
そのうえ重体の国王の枕元を訪れ、自分の外孫である幼い王太子に譲位するようあからさまに要求するのだった。
国都に物の怪が出没するという噂が出始めたのは、国王重体の報がちらほらと巷でも知られるようになった頃からである。
その物の怪は、おもに根国王の周辺に現れているらしい。
「見かけた者の話じゃ、えらい別嬪の幽霊らしいぜ。白い顔に長い黒髪がこう…かかってよ、真夜中に内裏をさまよっているらしい。ありゃあ、昔殺された官女かなんかの怨霊かねぇ」
「いやいや、きっとこれは狐の仕業だよ。国王は、九尾の狐にでも取り憑かれたんだ」
「何年か前に処刑された南方諸国の王たちの祟りだって話もあるぜ」
「なんでもよ、警備の兵が取り押さえようとしたら、目から妖光を発して、空中にすうっと浮かんだらしいぜ。その警備の兵は、まるで雷にでも打たれたみたいに失神していたんだと」
「おお、こわい」
そんなことがひそひそと囁かれる。
国都中がその話でもちきりだった。
あることないこと織り交ぜて、面白おかしく語られ、庶民たちには格好の話の種だった。
「本当にお前の仕業じゃないのか、深幸?」
セイは疑わしそうな目つきでコウを見た。
コウはうんざりとため息をつくと、
「違う。同じことを何度言わせるんだ。たしかに国王の傍にも間者は放っているし、その中には官女もいるけれど、今回の物の怪騒ぎとは無関係だ」
はっきりとそう言う。
それでもセイは納得がいかないらしく、しきりに首をひねる。