秋津島―akitsushima―

□七の章『阿夜の涙』
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 胡陵国を出てふた月後に、比古とセイ、そしてコウは無事に根国へ帰りついた。
 そのままセイは、小丸を連れてあの入り江の集落へと戻り、またもとの海賊業に勤しんでいる。一方コウは、青藍の協力を得て、さっそく小丸の両親の捜索に乗り出した。
 比古は曽良たちとともに、朱惺にもらった『天人の霊薬』と水晶を持って、勇んで亜相の屋敷を訪れた。

 「おお、これは――」
 意外なことに、亜相は茶壺を一目見るなりその中身が『天人の霊薬』だと分かったらしい。
 瑠璃の茶壺を受け取ると、いきなりそれに頬擦りした。そして感激に震える手で蓋を開けると、その芳香を思い切り吸い込んだ。
 「まさしく『天人の霊薬』じゃ。この瑠璃の茶壺も伝承にあったものに相違ない。おお、おお、確かにそうじゃ。この文様は間違いなくデーヴァ王家のものぞ」
 聞き慣れない言葉に比古は首を傾げたが、口を挟むような真似はしなかった。

 亜相の興奮ぶりは少々異常なくらいだった。
 さらに水晶もたいそう亜相の気に入ったらしく手放しで褒めそやした。
 「霊峰に育まれた水晶とはなんという秘宝か。こんな色は儂も初めて見たわ。しかも珍しいことに、水晶の中にさらに水晶が入っておる」
 亜相は大袈裟に騒ぐ。
 比古は内心では辟易としながらも、つとめて落ち着いた様子で亜相に奏上した。
 「実はこれなるは、我が父・伊佐那岐毘古が、亜相さまのために長い間探していた物にございます。ですが、あらぬ誤解から父の身が戒められることになりまして、その探索もままならなくなっておりました。しかし、このたび不肖の息子である私めが、父に代わりこれを手に入れることが叶いましたので、謹んで亜相さまに献上いたしたくこうして参上いたしました」
 「なんと。あの伊佐那岐毘古が、儂のためにじゃと?」
 「はい。聞くところによれば、この『天人の霊薬』なる銘茶は、ひとくち飲めば寿命を十年延ばすと言われているそうでございます。我が父は、亜相さまのご長寿を願いこれを求めていたのでございます」
 「おお、おお」
 比古の説明に、亜相は何度も頷く。

 「共に捕らわれている二人の者たちとともに、この銘茶を求めて諸国を巡らんとしていたところを、どういう風にか誤解を受けて、獄に繋がれる羽目になってしまったのでございます」
 「なんと、そうであったのか。儂はそのようなことはちっとも知らなんだぞ」
 亜相はどこか探るような眼差しを比古へと向ける。

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