秋津島―akitsushima―

□五の章『セイとの再会』
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 比古は海を眺めていた。
 白い波がいくつもいくつも青い海原の上に模様を描いている。それをただぼんやり見つめながら、比古は麻名のことを思っていた。
 (どうしてこんなことになってしまったのだろう?)
 あの晩の出来事が、まざまざと脳裏によみがえってくる。
 麻名の囁く声、柔らかい唇。そして、甘い香りのするしなやかな腕と体も。今は何もかもが夢だったように思える。

 あの夜、比古と麻名はお互いの気持ちを確かめ合いひとつになった。少なくとも比古はそう思っていた。
 だが明くる朝、比古が目を覚ますと、麻名の姿はもうそこにはなかった。
 ただ敷布の上のほんのわずかな窪みと、比古の腕に乗っていたはずの麻名の頭の重みの跡とが、その夜のかすかな名残りとしてあるだけだった。

 麻名は忽然と姿を消した。
 当然比古は必死で麻名を捜したが、その行方は杳として知れなかった。
 根国に来てまだ日が浅い麻名に、ほかに行くところがあるとは思えない。一人で街に出掛けて道に迷ったか、それとも誰かにさらわれたのか――。
 悪い予感が比古の胸をよぎった。
 比古をはじめ敷島の者たちは昼も夜もなく麻名を捜した。しかしそれでも麻名の消息は全くつかめなかった。

 そんなふうに麻名がいなくなって半月ほど過ぎた頃だろうか。
 思いがけなく、亜相のほうから比古を屋敷へ招いたのは。
 「こんな時に、いったい何の用があるというのか――」
 もしこれが平時であれば、これこそ良い機会だと比古は喜んで亜相の屋敷に行ったに違いない。しかし今回ばかりはそれを喜ぶどころではなかった。
 行きたくない、と比古は思った。
 しかし行かなければ、亜相は機嫌を損ねてしまうに違いない。その結果父と母がどんな立場に追いやられるか、比古にはよく分かっていた。
 比古は重苦しい気分を引きずったまま、気乗りしない様子で亜相の屋敷へと出向いていった。

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