秋津島―akitsushima―

□四の章『伊佐那、幽閉』
1ページ/14ページ

 事件は突然起きた。
 根国への従属をせまる亜相の強引なやり方に、とうとう耐え切れなくなった南方の二つの小国が、連合して根国への叛意をあらわしたのである。
 まず手始めに、根国との交易を絶った。
 次に、同じように亜相の圧力に苦しむ国々に、ともに立ち上がるよう檄を飛ばした。するとそれに呼応して、いくつかの国が連合に加わる意思を見せた。

 その檄文は、敷島にももたらされた。
 伊佐那は各部落のリーダーたちを集めると、ひろく皆の意見を求めた。
 その結果、意見は真っ二つに割れた。
 比較的若い世代のリーダーたちは参戦を唱えた。しかし年配のリーダーたちは断固としてそれに反対した。
 話し合いは一昼夜にわたって続き、互いに遠慮なく議論をしたが、結果は杳として出なかった。

 伊佐那はすべての意見に注意深く耳を傾けていたが、やがて大きく深呼吸すると、落ち着いた声で話し出した。
 「私は、亜相の圧制に屈して根国に従属する気はない」
「おお、では――」
 その伊佐那の言葉を聞いて、若いリーダーたちが一気に逸りそうになるのを、伊佐那は静かに押しとどめた。
 「話を最後まで聞いてくれ。確かに、このままいけばいつかは根国と対峙しなければならないと思う。だが今はまだその時期ではない」
 伊佐那の言葉に座がざわめく。
 「今回蜂起した諸国には気の毒だが、現在の状況から判断するに、おそらくかれらのこころみは、根国の武力の前に屈するほかないだろう」
 その途端、ざわめきが大きくなった。

 伊佐那はゆっくりと座を見回すと、まるで一人ひとりに説き聞かせるように慎重に言葉を続けた。
 「たしかに亜相のやり方は汚い。だが今のまま亜相に対抗しようとしても、結局は徒労に終わるだけなのだ」
 皆はしんとして伊佐那の言葉に聞き入っている。
 比古も伊佐那の傍らで、首長である伊佐那の意見にじっと耳を傾けている。
 「根国は小国とはいえ先進国だ。武器でも戦術でもはるかに我々の先を行っている。我ら諸小国のいくつかが連合して戦を仕掛けても、その差は決して埋められない。正面からぶつかっていけば、いとも簡単に蹴散らされてしまうだろう」
 伊佐那の容赦ない冷静な分析に、もはや言葉を発するものは一人もいなかった。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ