秋津島―akitsushima―
□参の章『根国の影』
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最近、比古はふさいでいる。
食事の時以外はほとんど自分の部屋にいて、なにか考え事をしていたかと思うと、片っ端から本を読んだりしている。遊び仲間の悪友たちが呼びに来ても、一向に気乗りしない様子ですぐに戻ってきてしまう。そしてまた自室に入ると、本を片手に難しい顔で考え込んでいるのだった。
「いったい比古はどうしたのかしら?」
麻名が心配して様子を見に行こうとすると、伊佐那がそれを止めた。
「比古のことは放っておきなさい」
「どうしてですか?」
麻名が心外そうに訊くのだが、伊佐那はただ首を振るばかりだった。
比古の様子がそんなふうにおかしくなったのは、十六歳になり、伊佐那について根国を訪れるようになってからだった。
伊佐那は前々から、比古が十六歳になったら一緒に根国へ連れて行くと約束していた。だから約束の誕生日が過ぎると、比古はさっそく伊佐那に根国への同行を申し出た。
伊佐那はもちろん約束のことを覚えていたので、比古は期待に胸ふくらませて根国へと旅立っていった。
ところが、根国から戻ってきた比古は、行く前とはすっかり様子が変わっていた。
比古の帰りを楽しみにしていた麻名が、根国についていろいろ尋ねてみたのだが、
「俺が思っていたのとは大分違っていたよ」
と言ったきり、あとは何も話してくれない。
あまりにそっけない比古のこたえに、麻名はがっかりして、伊佐那に根国でのことを訊いたのだが、伊佐那も詳しく語ろうとはしないのだった。
麻名はむっとして、
「何よ、男ばっかり。あたしだって根国に行ってみたいのに」
そんな麻名の不満を苦笑で受け止めながら、比古は思い返す。
はじめて根国を訪れた日、そこで見聞きしてきたことを――。
根国への船旅は一週間近く続いた。
その間中、まわりは見渡すかぎりの海原である。青い海とそれと一体となった空以外には、陸も島影もなにも見えない。
あまり広いとはいえない船内での生活は、比古にとっては単調で退屈なものだった。
しかしこれから行く根国のことをあれこれと想像すると、そんな退屈も紛らわせることが出来た。