秋津島―akitsushima―

□壱の章『比古』
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 陽光を反射して波が金色に輝いていた。
 きらきらときらめいて、まるで海全体が金色に光っているようだった。
 その光の中、はるか沖に小さな影が見えかくれする。
 比古はじっと目を凝らして、そのかたちを捕らえようとした。
 ややあって、
 「……船だ」
 比古は急いで砂浜を駆け出すと、声を上げながら海の中へ飛び込んでいった。
 「あっ。比古、お待ちなさい」
 あわてて母親の阿夜が引きとめたが、比古の姿はあっという間に波間に消え、小さな頭が水面に浮かんだときには、もうずいぶん離れたところまで泳いでいた。そのままものすごい速さで船に向かって泳いでいく。
 「まったくしようのない子」
 ため息をつく阿夜(あや)に、傍らにいた少女が笑いながら声をかける。
 「大丈夫だよ、阿夜かあさま。比古にとって、この海は庭みたいなものだから」
 そう言う少女自身も、本当は比古の後を追いかけたくてうずうずしているのが、阿夜にはちゃんとわかっていた。

 この麻名(まな)という名の少女に両親はいない。
 麻名がまだ二つにならない頃に、二人とも事故で死んでしまった。それ以来、麻名の母親と親友だった阿夜が引き取って、比古とまったく分け隔てなく、実の娘のように可愛がっている。
 しかしその並外れたおてんば振りには、さすがの阿夜も手を焼いているのだった。
 男の比古と一緒に育てたのが悪かったのかもしれない、と阿夜は思う。
 麻名は比古を兄のように慕い、比古のやることを何でも真似したがった。一つ違いの二人はいい遊び仲間で、毎日のように海や山を駆け回っている。
 だが、どうやら比古と麻名を別々にしつけなければならない時期が近づいてきたようだ。

 阿夜はそんなふうに考えながら、遠くで波に浮き沈みしている息子の姿を見てから、それを夢中になって見つめている麻名の横顔を眺めた。
 比古は今年で十二歳になる。あと数年もしたら、父親について島の外へ出て行くようになるだろう。
 そのためにはそろそろ本格的に船を操るすべを学ばなければならない。母親の優しい手を離れ、男たちに混じって海の民としての誇りや厳しさを学んでいくのだ。
 女の子である麻名には、比古と一緒に船に乗ることは出来ない。麻名は麻名で、学ばなければならないことがたくさんあるのだ。

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