いたいもうそう

□Chronicle2
1ページ/5ページ

「雲水さん」


頭に響く声は優しく雲水の瞼をこじあける。
開いた瞳のその先に映るのは、見慣れた部屋と顔だった。


「…ん…」

「練習は休んでくださいね。」

「なんで…」


不服そうな顔をする雲水を見て、一休は困ったように微笑んだ。
うっすらと残る痕が2人の心を締め付ける。


「そんな身体じゃ練習になりませんよ。」

「……分かった…。」



閉じるドアを見送ると、雲水の口から深いため息が漏れる。
口の中に残る舌の記憶。
身体に這う手の記憶。
全てが煩わしかった。


掌に残る記憶全てを消し去ってしまいたい。


「ごめん…ごめ…」



俯いて唱えるように呟くと、視界が歪んだ。
何よりも自分に腹が立ったのだ。

いとも簡単に征服されてしまった自分が許せなかった。
見慣れた部屋にでさえ、阿含の匂いがこびりついたかのようだ。
いや、雲水の鼻腔に残った匂いが記憶を消すことを許さない。

まるで、阿含の存在を永遠に刻み付けるように。



「一休…。あごん…。」


雲水は戦慄する。
自分を屈辱に陥れた阿含の名が口をついて出た事に。
欲しても居ない温みが、雲水の身体を突き抜けた事に。

何より、阿含の記憶に疼いてしまった雲水自身に。


「何で…俺…おかしい……」



懸命に恋人の事を考えようとする雲水の頭に、土足で入ってくる男を殺してしまいたい。
嫌悪からか怒りからか、白い身体は震えだす。
顔を濡らす涙が全てを消し去ってしまえばいいとさえ思った。


「阿含…阿含……たすけて…」


自分の口から憎い男の名前を呟いている事も忘れ、縋るように助けを求める。

何故なのかはわからない。
差し伸べてくれる掌が欲しかった。


「なぁ、雲水。泣くんじゃねぇよ。」

「…っ!!」


震える身体を、温かい腕が抱き締める。
『記憶』ではない香りが、雲水の全神経を支配した。









あれれ。
阿含君はどうやって寮に入ったのかな?
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ