第一部・旋風編

□旋風編・烈鬼の章
86ページ/124ページ


 鬼が守る者

「でもさ、鬼って、悪いことするばかりじゃないんだね」
 宿でのんびりしていると綾女がぼんやりと言った。
「そうだな。鬼使いが、鬼をどうやって使うかだからな」
 千技が答えるが、綾女はまだ少し納得出来かねているようだ。
「正しい……っていう言い方があってるのかどうかはわからないけど、人を襲ったり、悪いことをするわけじゃなくて、何かを守ったり、誰かの為だったりとかでさ……そういうのでも、やっぱりダメなのかな?」
 綾女の言いたいこともわかる。最初は鬼というだけで悪い印象をもち、全てを倒すべきものであると認識していたのだが、鬼使いと呼ばれたものの中には私利私欲の為ではない、純粋な思いのものもいた。そういった人々と触れ合う中で、自分のしていることが本当に正しいのかどうか、疑問に思い始めているのだろう。
「ダメなんだよ」
 千技はきっぱりと言い切った。
「始めの頃は平気だったとしても、並みではない力を手に入れたことのつけがいずれやってくる。最初は純粋だった思いが濁り、気付かぬうちに心の中にまで鬼を喚びだし、その内に支配されてしまう。そうなったら、鬼使い自身が鬼と化してしまうんだ」
「あ、そうなんだ……」
「あの、質屋とか森で襲ってきた奴らも、そんな感じだったよな」
 思い出しながら鉄斉が言う。
「あぁ。あいつらは端から鬼の力を自らに取り込んでいる。あのやたらとでかい武器があったろ? あれとか、その鬼の力があって扱えるんだ」
「そういうことか」
 今でもハッキリと覚えているが、実際に持ってみた身としては、尋常ではない重さだったのを実感している鉄斉だ。
「ほっとくと、みんなあぁなっちまうって可能性があるってか?」
「心に鬼に棲み着かれたら、力を求め続ける。限界が見えなくなり、己を制御できず、そうなったら鬼に支配されたも同然だ」
「鬼に支配される……まさに、鬼と鬼使いが入れ替わるってことか」
「守るべきものがあるなら、たとえどんなに非力だとしても、自らの力で戦わなければならない。鬼に頼っているうちは、そんなんじゃ本当に守ってるとは言えないしな」
「やっぱり、鬼退治って大事なんだね」
 綾女がようやく納得したようだ。
 しかし、真に倒すべき相手は他にいる。その為にやらなければならないことがある。ふたりにはまだ話してはいないが、それがこの旅の目的である。
「とりあえず寝よう。また夜中に旅立ちたいなら別だがな」
「それやだ!」
「それは困るな」
 千技が促すと、ふたりとも直ぐに布団に潜り込んで寝息をたて始めた。
 夏場ならば、昼間の暑い時間帯よりも少しは涼しい夜の移動が楽といういい点もあるが、時期が外れると夜はぐっと冷え込み、汗をかきながらだとなおさら体も冷える。しかも人の行き交いも滅多にないし、少し山道に入ると獣の唸り声が響き、いつ襲われるかという不安ばかりでよい点はほとんどない。
 やはり、旅は昼間の移動にかぎると、ふたりともこの数日で身をもって知っているのだ。
 千技にしてみれば、ふたりに早く寝入ってもらった方が都合もいいし。
 そして、深夜である。
 昨日はいろいろあっていつもの定期連絡もできずにいたので、聞きだいことも調べてほしいことも山積みである。
 昼間のうちに目をつけていた静かそうな場所があったので、まっすぐにそこへと向かう。案の定、月と星の明かりだけの薄暗いそこにはひとの気配がなかった。彼以外には。
「やっとだね」
 田中の第一声だが、千技も同じ思いだった。
「あぁ。早速だが、頼みたいことがいくつかある」
「わかってる。というより、もう調べはじめてるよ。あの柩のことだよね?」
「そうだ。太一の母親の眠るあれがなんなのか、先ずはそれだね」
「千技たちの時代の頃には、すでにコールドスリープの技術は開発されていて、実験にも成功しているはずだよね。僕らの時代には、既に一般的になっていて、珍しいものでもないんだ。ただ、その前提として、まだ生きている、ということがある。つまり、死んだ人間をっていうのはまた別なんだ」
「彼女は、明らかに息絶えていたと思う。……ってことは、眠っているわけじゃなくて、遺体の保存状態が極端にいいってだけのことか?」
「それもそうだけど、やっぱり、あの柩自体に何かあるよね。不思議なのは、装置とか、何かを制御するようなものがあるわけじゃないってことなんだ。これは、もう少し詳しく調べてわからないけどね。もう依頼はしてあるから」
「それと、彼女の役目ってやつだ。なんの為にそんな儀式めいたことをしたのか、その目的だな。そもそも本当に死んだ人間が生き返るとか、信じているのかどうかと」
「それについても少し調べておいた。先ずは、彼女の家系だね」
「家系か……先祖代々のことみたいだから、深く探れば何かわかりそうだな」
「うん、わかったことがある。彼女の家系は陰陽師の末裔らしいね」
「陰陽師?」
「彼女のお父さんが操っていた鬼っていうのも、もしかしたら、陰陽師独特の式神だった可能性もある」
「式神か……ってことは鬼使いってわけじゃなかったってことか?」
「いまとなってははっきりしないんで、ひとつの可能性としてね」
「実際、こっちは見てもいないからな」
「で、陰陽術に、生き返りの術みたいのがあるらしいね。その点から考えると、遺体を腐乱させない術とかもあって、それが蘇りの術に繋がってるってこともある」
「なるほどね」
「彼女の役目については、まだわからないけどね。ただ、陰陽師だからね、何かを予期していたってことも考えられる」
「予期? 予言みたいなもんで、それを後世に伝えたいとか、かな?」
「あくまでも、可能性のひとつだけどね、今は」
「あぁ、あとはそっちに任せるよ」
「次は……そうだな、前に解析を依頼していた、例の箱なんだけど」
「何かわかったのか?」
「うん。あれは、やっぱり結構な代物だね。ハッキリいっちゃえばコンピューターだよ。しかもGPS的な機能まで付いている」
「GPSって、あれじゃないか、衛星から出される信号を受信して自分の位置を知るとか……って、衛星なんて飛んでないこの時代じゃ意味ないんじゃないか?」
「ところが、そうでもないんだ」
「どういう意味だ?」
「実は、僕らの時代で打ち上げた衛星が、時間の流れを超えてこっちに存在している」
「あぁ……なるほどね」
 わかったような、わからないような。結局、自分が今ここに存在していること自体、どう説明していいのかもわからない現象である。それを考えれば、時間の流れを超えて人工衛星がこっちにあったとしても、特に不思議ではないのかもしれない。
「で、あの箱、恐らくはGPSと連動して位置を解析しながら、何かを探す目的で使われていた可能性が高いね」
「何かを探す……? だとしたら、やはり、遺跡か?」
「そう考えるのが自然だよね。ただ、ハードディスクやメモリを保存しておくような、それに相当する機能が見当たらないみたいなんで、これまでにどういった解析をしていたのかとか、ログを調べることは不可能らしい」
「ハードディスクが無いって、もともと無かったか、誰かが外して持ち去ったか……ってことだよな?」
「うん。もともと付いていなかったってことはないだろうから、恐らくは誰かが外して持ち去ったんだろうね」
「また疑問が増えたってことか? 厄介だね」
「そうだね」
 全てが一度に判明する、みたいな都合のよいことにはならないようだ。いささか虫がよすぎる考えではあったが。
「とりあえず、いまわかっているのはそれぐらいだね」
「ま、そんなもんだな。ありがとうよ」
「うぅん、これが僕の役目だからね」
 と、その時だった。

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ