第一部・旋風編

□旋風編・烈鬼の章
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 辿り着いたその場所は、確かに開けたよさげな所ではあるが、一面に転がっている小動物の骨が邪魔であった。
「片付けるか……」
「うぅ……やな感じ……」
 千技が言うと、文句をいいつつも綾女も渋々従って骨を広い集めていた。
 時間はかかったものの、全て片付け終えると、むしろこっちの方が霊験あらたかな雰囲気であった。
 とりあえず柩を中心にして、その周囲に骨壺を配置していく。
「こんな感じでいいのかな?」
 それっぽい雰囲気には見える。
「少し物足りないからな……」
 鉄斉は辺りを見渡すと、懐から紙と筆を取り出し、何かを綴りはじめた。
「まぁ、お守りのようなもんだ。爆発したりとか、そういんじゃないから安心してくれ」
「そんなんもあるんだ?」
「俺流だからな、なんでもありだ」
「そなんだ……」
 いささか自由すぎるとは思うが、確かに何もないよりかはマシだ。
 洞窟の壁のあちこちに九輪字の札が貼られていく。意味があるのか無いのか、なんだかよくはわからない文字の羅列が不思議なそれっぽさをさらに強調しているようだ。
「あとで唱えれば、札が効力を発揮する。壁となって、何人たりとも寄せ付けず、時が来るまで奥さんを守ってくれるはずだ」
 本当かどうかまではよくはわからないが、太一の父親はそれで納得し、感謝さえしているようだった。
「あとは外に出て入り口を塞ぐだけだな」
 外へと出る途中、通路の壁の所々に鉄斉の書いた九輪字の札を埋め込む。これは攻撃用の札で、効果が現れると爆発して道を塞ぐことができる。
「それじゃ、いくか」
 外に出ると、千技と鉄斉のふたりが入り口の前に立ち、あとの者は下がって様子をみていた。
「旋風、土竜、土貫砲!!」
「……撃ッ!!」
 千技の旋風が表から、鉄斉の九輪字の札が内側から洞窟の壁を崩していき、土煙を立ち上らせながら、見る間に入り口が塞がれていった。
「これで、封印完了だな」
「でもさ、こんなんで塞いだらさ、いずれ奥さんの目が覚めたとき、外に出られないんじゃないの?」
 綾女のもっともな疑問ではあるが、鉄斉が得意げな顔を見せる。
「その為の九輪字の札なんだよ」
 柩の壁の周囲に貼った札のことだ。
「あれは、あの場所を守るだけでなく、時がくれば道を作るようにしてある。途中の道の壊し方も、それに合わせた崩し方になっているんだ」
「へぇ、便利だねぇ」
「ま、俺流だからな。自由なんだよ」
 何はともあれ、これで全て片は付いたということだ。
「これで、鬼に頼る必要も無くなったはずだ。……だよな?」
 あらためて太一の父親に確認する。
「はい。これならば、そう簡単には誰も近付けないので」
 父親は頭を下げながら言った。
「父さん、僕……」
 太一が何か言いたそうではあるが、まだうまくはまとまらないようだ。
 それを察して、父親のほうが先に言葉にし始めた。
「太一、お前にも心配かけたな。千夏や太介の面倒も、全てお前に任せてしまった……」
「いえ! 何も知らずに、父さんを疑ってしまって、僕の方だって……」
「いや、いいんだ。もう、いいんだ。……皆さんのおかげで、わたしは息子に嫌な思いを継がせずにすみました。これからは、家族と共にいようと思います」
 父親はまた、全員に向かって何度も頭を下げた。
「ひとつ頼みがあるんだが……」
 権兵衛が父親に向かって言った。
「なにか……?」
 父親にしてみれば、自分が古寺に案内したばかりに酷い目に合わせてしまったという自責の思いがあるだけに、男の言葉が、頼みというのが何か、怖くもあった、のだが……
「わたしに、この場所を守るのを手伝わせてはくれないか?」
 権兵衛にとって、この洞窟は二十年近くも過ごしてきた、それは悪夢のような時間ではあったが、それでも必死に生き長らえてきた場所であった。その入り口が塞がれる瞬間を、他の誰とも全く違う思いで眺めていた。
「わたしは、全てが運命ではないかと思っている。あの日に雨に打たれたのも、あなたと出会ったのも、逃げ込んだこの洞窟で長い時を過ごし、皆さんに助けられ、いま、ここにこうしているのも、全てが運命のような気がするんだ」
 時の歯車……そのどれでも、たったひとつが狂ってしまっただけでも、抜けてしまっただけでも、同じ結果に結び付くことはないだろう。
 それぞれの出会いは偶然であっても、結果は必然なのかもしれない。
「これも何かの縁だ。ぜひ、そうさせてほしい」
 その言葉で、父親の中に永いと時をかけて固まった冷たい氷のようなものが、瞬間に溶けていくのを感じた。
「ありがとうございます!」
 父親は権兵衛の手を両手で握り締め、目にははっきりとわかる涙を浮かべながら、何度も何度も頭を下げていた。
「なんか、思わず全てが丸く収まったって、感じだな?」
 うまく行き過ぎなような気もするが、
「まぁ、いいんじゃないの?」
 最初はこっそりとひとりで抜けてしまった千技にはそれ以上は何も言えなかった。

 旅に戻る前に、なんとか一休みしたかった千技たちは、また少し太一たちの家に厄介になることになった。
 目を覚ました頃には日もだいぶ高くなっていて、前日とは打って変わっての晴天で、木漏れ日があちこちにちらついている。
 できればそのまま旅に出たいところではあったが、ぜひみんなで一緒にご飯でも、と太一たちに誘われ、なぜか綾女も一緒になって張り切って料理に取りかかってしまい、甘んじてそれを受け入れることになった。
 自信満々で作ったものを差し出した綾女にはなんだが、とくにうまいとかまずいとかではなく、いたって普通であった。しかし、やはり大人数での食事というのはなんとはなしの話も弾み、とくに面識の浅い者同士が多い中では、意味なく脈絡もない会話が続く。だが、それがなぜか楽しく、いたって普通の料理に変わった味付けを施し、それはそれで満足したと言えた。
 結局、昼からの宴席を終えて、旅支度が整った頃には日も傾きかけているという、お馴染みの光景となっていた。
「どうせなら、もう一晩ゆっくりしていけばいいのに……」
 太一の言った、そんな言葉を聞くのも毎度のことである。
 それでも、せっかく雨がやんでいるのだから、その間に森を抜け、できることなら次の宿場町までは辿り着いておきたい。
「わたしは、あなたの名前を知っている」
「……?」
 別れの直前、権兵衛が唐突に千技に切り出した。そうであろうことは気付いてはいたが。
「知っていることに間違いはないはずなのだが、何も思い出せんのだ」
「あ、あぁ……」
「洞窟に入る以前のことだから、わたしがまだ少年だった頃のことだろう。覚えているのは、千技、というその名だけだ。だが、それがとても重要なことであると、それもわかってはいる。思い出せるのはそのぐらいだ。会ったことがあるのか無いのか、そもそも最初から名前しか知らなかったのか、それすらもわからないんだがな」
「いや、まあ、うん……」
 千技にはなんと答えていいのかわからず、ただ曖昧に頷くだけだった。
 そして、旅立ちのとき……
「本当にお世話になりました。皆さまには、なんとお礼を言えばいいのか……」
 太一の父親は、結局はそればかりであったが、あまり何度も頭を下げられてもかえって恐縮してしまうものだ。
「世話になったのはこっちも同じだ。まぁ、お互いさまってことで」
 傷の手当てや、食事に風呂、ゆっくり眠れる時間など、一晩の雨宿りにしては贅沢であった。
 意外にも名残惜しそうにしている千夏と太介を後目に、千技たち三人は旅立っていった。
 森の中は早くも暗くなり始めていた。

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